会社員が書く雑記

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スマホからガラケーに機種変更するのはあり?

スマホからガラケー?その理由は?

 知人がスマホからガラケーへの機種変更を考えている。

その理由はスマホを使うことに疲れた」ということらしい。

きっかけは現在使っているスマホの画面を割ってしまい、忙しいことから交換もせず数日そのまま過ごしたことだ。

その間はスマホを使っておらず、今までスマホを見ていた時間を家事や他にできること等に費やしていたという。

 

私は毎日スマホを使っているためそのような考えは抱かないのだが、理解するのは難しいことではない。

スマホを持っているとすぐに「正しい」情報を検索することができる。

非常に便利である。

弊害として日常の「間違い」に対して敏感になってしまうことだ。

時間が少しでもあればふと疑問に思ったことを検索画面に入力するのは簡単である。

なのでやろうとしていることや考えたことをまず「検索」してしまうのだ。

 

「人は知らないものにぶつかった時、まず何をするか。検索するんだよ」

伊坂幸太郎の小説「モダンタイムス」(上巻)に出てくる言葉だ。

この言葉がしっくりと入ってくるなら、「検索」という行為は非常に身近な存在となっているということである。

 

モダンタイムス(上) (講談社文庫)

モダンタイムス(上) (講談社文庫)

 

 

スマホで「正しい」ことを検索しなければ「間違い」を選択してしまうということがスマホをますます手離せなくさせる。

SNSで周りのことを知りたいという気持ちにも似たところがあるのではないか)

スマホを使うことに疲れた」というのはおそらく何でも知ることができる万能な道具だから手離せなくなり、知らず知らずのうちに自分の好きな時間を過ごせなくなったという意味ではないだろうか。

それに気が付いたため、いっそのことスマホガラケーに機種変更することでスマホから離れるという選択肢が浮かんだのだろう。

 

検索で得られる情報は本当に正しいのか?

そもそもの話になるが、検索で得られる情報が本当に正しいかどうかの確証を得ることは難しい

情報のソースがない場合もあるし、集めた情報が偏っている場合もある。

そして人の脳は自分が信じたい情報だけを信じる傾向があるため、無意識に信じたくない意見を排除していることもある。

よって検索により本当に正しい情報を集めることは難しいと言える。

 

間違うことを恐れてはいけない

正しい情報を得ることが難しいとなれば、何が間違いかを知ることもまた同様に難しいと言える。

だから検索"し過ぎて"何が正しいのかわからないと不安を抱くより、間違ってもいいのだと自分を許すことが大事になってくるのではないか。

もちろん検索をかければすぐにわかることだって多い

ソフトの機能の使い方、使っているボールペンの替え芯、欲しいゲームの値段等、検索すればすぐにわかる。

逆にいえばすぐにわからないようなことは検索しても無駄なのだ。

 

スマホからガラケーに機種変更はあり?

最初に話を戻す。

スマホからガラケーに機種変更をするのは結局アリなのだろうか。

今の時代スマホを手離しガラケーを持つということは不便を感じるだろう。

カーナビとしての利用や写真の加工・編集、SNSによる「繋がり」の維持など、スマホだから簡単にできることは多数挙げられる。

そしてネット検索はガラケーでも可能だ。

私は結局のところあまり意味はないのではないかと感じる。

 

使うなら目的を明確にすること

スマホを無目的に触っていれば、スマホを使うことが目的になりやすい。

ただ使い方さえ誤らなければ非常に有用な道具なのだ。

使用する目的さえ明確になっていれば心強い相棒となるだろう。

無意識にスマホを触ってしまうのはおそらく爪を噛む癖があるのと同じことではないだろうか。

 

スマホを上手く使えるかどうかはその人次第になる。

上手に活用して幸せな生活を送ってほしい。

私も家でYouTubeばかり見て家事を疎かにしないように気をつけなければ……。