会社員が書く雑記

雑記中心。気ままに書いてくよ

言葉には力が宿るので悪い言葉は慎重に遣うべし

 仕事をしている中で感じていた不満を、部署の違う先輩社員にそれとなく話してみた。私の考えていることは愚かなのか確かめたかった。少し離れた、しかし状況を理解できる人に話すことは私にとって必要だった。

 結果、その方も私と同じような考えを持っていたということがわかった。ついでに私の至らなさも指摘されたがそれはその通りなので受け入れられる。


 今の環境も我慢できないことはないのだが、やはり少しおかしいと感じたこの感覚は間違いではなかった。我慢などして無視するにはもったいない。すぐに何かが変わるわけではないかもしれないが、企画書を作成するなど公式な形で提案する価値はあるようだ。


 考えていることを一人で抱え込むのは良いこともあれば悪いこともある。抱え込んで良いものは容易に批判されるような壮大な計画だ。生まれたての夢は簡単に壊れるのでしばらく自分の中だけで時期がくるまで温めなければいけない。

 抱え込んではいけないのは、周囲の人間も関係する現実的に実行可能な案だ。言葉に出してみれば誰かの賛同を得て後押しされるかもしれない。それにより自身の居る環境が改善されるなら話さない手はない。


 何かを言葉にするとき、その場にいない他人の悪口や皮肉めいたことは、思っていたとしても話すのは危険である。

 仲間内だけであれば関係ないかと思うかもしれないが、そうではないのだ。その場にいる人にとっても気持ちいいものではない。

 たとえばへまをした仲間を「あいつはバカだからダメなんだ。何もわかっていない」と同じ部屋にいる人が非難したとする。その場にいる人間は表向きは賛同を示すかもしれない。

 しかし非難した人間に対し「もしも自分が同じようなへまをしたら、知らないところで自分に対しても非難をするのではないか」と無意識に考えてしまうようになる。そうすると非難した人間に対し心理的な壁を作りながら接した方が安全だと考え、オープンな会話が減ってしまうのだ。

 他人の噂話や悪口を軽い気持ちでしゃべるのは気持ちがいいかもしれないが、その場所にいる人に対しても気を配ることを忘れずにいたい。


 私が現在所属している会社は問題が山積みである。そしてトップダウンの組織であるため下っ端の私には到底手出しができる問題ではない。

 しかし私が働いているより小さな場所であれば、声が届くという意味で改善できることはあるだろう。ボトムアップ戦略を密かに打ち立てるのだ。

 別に私にそれほどの熱意があるわけではない。ただ混乱を解消し、より楽に働きたいだけなのだ。ついでに社会的評価を得て安定した生活を得られればより良い。