会社員が書く雑記

雑記中心。気ままに書いてくよ

楽しみをサボり気味の私に送る

 今日こそ趣味の勉強を進めたいと思っていたのに、自由な時間が取れずに結局何もできなかったことがある。
 誰かにお願いされて車を出したり、自分の家以外の場所で時間を過ごさなければいけなかったりと、何にも囚われずに自由でいられる時間は意外と少ないものだ。
 せっかくの休日なのに家にいることができず、出先で無益な時間を過ごすこともあるだろう。
 ぶらぶらと歩き回ったりスマホをいじったりして時間を潰すようなことは、やりたいことが他にある場合、それに充てる時間を損失していると言える。

 とは言え、完璧に自由な時間がなければ何もしないというのは、自分に甘えているのだ。
 やりたいことがあるのなら、少しでも身動きが取れる時間に、そのシチュエーションに合う形で進めればいいのだ。
 
 例えば勤務中であるがやる仕事が尽きることもあるだろう。声を出したり体を動かしたりすることはできないし、好きな本を読むことも難しいだろう。
 その場合、紙とペンさえあれば思考を可視化する作業ができる。勉強したことをまとめるもよし、文章を書くのもよし、今後の自身の方針を考え展開することもできる。
 現に私は、手が空いているときはノートを広げて何かを書き殴っている。最初こそ抵抗があったが、普段の仕事をサボっているわけではないので良しとしている。

 大掛かりなことを考えければ、できることはいくらでもあるだろう。どんな小さなことでも、その環境でできることをすることが大切なのだ。

 流されるまま生きることと好きなことをして生きることの違いは、その小さな行為から生まれてくる。
 環境に言い訳をして何もせずにいるのと、どんな環境でも小さな一歩を踏み出し続けるのでは、後々大きな差が開くことになる。

 私の場合、会社にいる平日よりも、家族と過ごす休日の方が自分の時間がない。
 例えばこのブログに関しては、休日の方が更新が滞りがちだ。しかし隙間時間に読書をしたり何かを体験したりと、インプットに時間を費やすことはできる。またブログに何を書こうか、構成を練ることも可能である。
 それをしておけば、まとまった時間がとれるときにブログをスムーズに更新できるだろう。

 好きなことをやろうという気持ちさえあれば、小さな一歩はいつでも踏み出せるのだ。退屈に思える時間をどう活かすかは自分次第である。
 周りの人の知らないうちにスキルを磨き続けるのは、結構気持ちいい。

 何より「誰かのせいで何もやりたいことができない」と考えながら生活するのは、精神的な苦しさを生む。
 ちょっとでいいから「好きなことをして」生きてみてほしい。今よりもきっと楽しくなるはずだから。