会社員が書く雑記

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他人とうまく距離感が取れないとチョコレートも遠い存在になってしまう

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 人との距離感がうまく取れない人間にとって、バレンタインデーは一年の中で最も苦悩する日である。
 「なぜこのような日があるのか」と、どこぞの菓子店を恨むこともあるだろう。
 逆恨みのようになるが、バレンタイン関係なく普通にチョコが食べたいときも、バレンタインデーが近づくと、妙に気恥ずかしさを覚えチョコを買うことができないこともある。

 そういう人間は、好きな相手は自分に対し好意を抱いていると思い込んでいるが、本当は嫌われていたらどうしようかと思い悩むような、甘くて苦くて目が回りそうな日々を今日まで送ってきたのではないだろうか。
 そしてバレンタインデー当日は、好きな人からチョコがもらえるという妄想をしたり、もらえなかったときに受ける心の傷のケアのことを考えたり、悶々とした一日を過ごすことになる。

 完全に私のことで恥ずかしいことこの上ないのだが、せっかくなので書き続ける。
 そういった人は、自分と他人との境界線が曖昧で、相手のパーソナルスペースにずかずかと踏み込むこともあれば、逆に相手の気持ちに敏感に反応してしまうのだ。

 例えば一度心を開いた相手にはとことん近づこうとするが、少しでも相手が拒否をしようものなら、唐突に手のひらを返し拒絶の姿勢を取る。
 相手はたまたま友達のところへ行こうとしていたり、嫌いではないのだが今は少し離れてほしかったりという程度なのに、「自分のことを嫌いになった」と思い込むのだ。「白」か「黒」か、「好き」か「嫌い」かのどちらかでしか人間関係を捉えられない。おまけに嫌われることを極端に怖がるため、嫌われる前に自分から去ることを考えてしまう。

 昨日までべたべたしてきたと思えば、突然メールを返さなくなったり目も合わせようとしなかったり、人間関係を壊すようなことを平気でやってしまうのだ。

 当人は相手の自分に対する気持ちの判断基準が「好き」か「嫌い」かしかないため、気になる相手が私に対して"普通に"接しているだけで勘違いを起こしてしまう。
 しかしそんな不安定で何をしでかすかわからない人間に、義理でもわざわざ勘違いを増長させてしまうような行為をするだろうか。

 よほど私が本質を出さないよう慎重に人間関係を築いていない限り、そのようなことは起こり得ない。

 結果、毎年チョコは母親から頂くのみである。チョコに飢えた一日を過ごしていたため、決まって自分の部屋に持って行き一気に食べてしまうのだ。
 そんな寂しいバレンタインデーは、思春期のうちにぜひとも終わらせておいた方が良いだろう。

 さてバレンタインデー直前にこの記事を書いてしまったため、もしこの記事を読んでハッとしてしまう方がいても、もはや手遅れである。
 私と同じ様に生きてきた方は、私と同じ様に恥辱にまみれたバレンタインデーを迎える他ないだろう。
 しかしこの痛みは、次の幸福なバレンタインデーの礎となるのだ。

 こういったタイプの問題点は、先にも書いた通り、自分と他人との境界線が曖昧なことである。境界線が曖昧であれば、適度な距離感がわからない。
 なので自分と他人との間にある境界線を明確に意識することが、この記事で書いたような悲劇的事態を回避することに繋がるのだ。

 もし本当にお悩みであれば、私の言葉よりも書籍の方が力になれるだろう。おすすめの書籍を紹介させて頂く。 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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鈍感な世界に生きる 敏感な人たち

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完訳 7つの習慣 人格主義の回復

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 『7つの習慣』好き過ぎだろうと思われるかもしれないが、大変勉強になる内容なのでお許し頂きたい。

 非モテ男性にとってこういったイベントは、自分を傷付けるためにわざわざあるのかと思うかもしれない。
 だがしかし、この機会に様々なことを学んだり、人間関係を振り返ったりする絶好のチャンスである。

 是非とも良いバレンタインデーをお過ごし下さい。


今週のお題「わたしとバレンタインデー」