会社員が書く雑記

雑記中心。気ままに書いてくよ

会社に勤めながらだらだらと生きている

 会社勤めは憂鬱である。

 私は平日は毎日会社には行かなければならないが、会社に行けば仕事があるかといえばそうではない。熱意を持って取り組むほどの量はなく、手を付けてしまえば一時間で終えてしまう。だから一つの仕事に対し、過剰なほど手間をかけている。しかしそれでも勤務時間を越え残業をすることは稀である。

 その作業自体も、ほとんどは機械の仕事である。機械に間違った指示を与えていないか、常に目を光らせる仕事だ。しかし間違った指示などそう与えるものではない。機械は正しく製品を製造するため、私の目など不要であることが多い。しかしたまには間違えることがあるため、やはり私は見る必要がある。間違えるのも私のせいなのだが。

 社会に出ることに対し、学生の頃の私は過度に怯えていたこと思い出す。「自分には何もできることなんてない」と考え、自信喪失に陥っていた。しかし別に会社に入ってしまえば、必要な経験は何もなかった。部活に所属すること、サークルに精を出すこと、ゼミで活躍すること。どの経験も必要とされることがなかった。

 何一つ、意味はない。

 人間関係を間違えさえしなければ、会社で働くことは何も問題ない。逆に、経験を活かすとか、自分にしかできないこととか、そういったものを意識する方が上手くいかなくなるような気さえする。それは会社がそれほど立派ではないからかもしれない。実際のところ、私の働く会社の規模は小さく、アナログな手法で大部分の仕事が動いている。

 そんなところで鼻息を荒くしていては、却って悪目立ちしてしまう。若いうちは上の人間の意思を汲み取り、波風を立てず、問題を起こさないように働くことが求められているように感じる。「自由な雰囲気」や「風通しが良い」というのが私の勤める会社の良いところとして言われているのだが、そんなのはまやかしだ。下の人間が自由に意見を発することは、飲み会で下らないことをしゃべる時以外あり得ない。もし上司に自分の意見を話しても「的外れ」で「何もわかっていない」人間が言うこととして処理されてしまう。

 学生時代に何もしてこなかった人間でも、仕事を真面目に覚えれば、現場では重宝される。私は精神を拗らせてしまっていたため、最初にいた営業の部署でつまずき、結果として一番仕事量の少ない場所で働くことになった。今ではいろんなことに悩んだことを反省し、今度は悩まないように仕事をこなすようになった。

 会社にはやりがいのある仕事は用意されていない。仕事にやりがいを感じるかどうかは、その人次第である。そもそも会社に対し、やりがいのある仕事を要求すること自体がおこがましいと思う。

 「適度に忙しくて、自分らしさを発揮できる仕事」をくれ、と言うのと同じである。そんな都合の良い仕事があれば誰も苦労しないのだ。部署により忙しくもあれば暇なこともある。それだけのことである。

 会社は私の人生ではない。会社の仕事が私の人生の全てではない。当たり前のことだが、このことを忘れてしまえば、会社への不満が噴出するだろう。会社で働くことは金を稼ぐための手段である。自分の人生の目的を、会社だけに期待してはいけないのだ。(もちろん与えられた仕事が面白く、やりがいを感じるのは良いことである。)

 仕事量が少なくゆるく働ける今の環境は、私にとって最適だ。こうしてブログを書く時間もあるし、様々なことを考える時間にも使うことができる。降ってきた仕事を丁寧にこなしていれば、特に非難されることはない。人間関係も苦しいものはなく、同世代も多いため、むしろ飲み会や社内行事は積極的に参加している。

 やりがいとか人生の目的のようなものは、会社の外にでも落ちているのだろう。それらは自動的に与えられるわけではない分、多少憂鬱ではあるが、楽だし今日もゆるゆると生きていこうと思う。