会社員が書く雑記

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「子供部屋おじさん」という言葉が俄かに流行った件について

 「子供部屋おじさん」という言葉が、ネット上において一時的な流行を見せた。意味は、実家を出て一人暮らしをせず、かつて与えられた子ども部屋にいつまでも住み続ける成人男性のことを指す、ネットスラングである。

 5ちゃんねるが発祥のようで、先日ツイッターにおいてもトレンド入りを果たしたようだ。

 初めてこの言葉を知ったとき、私は
「子供部屋ってどんな表現だよ……」
と思わざるを得なかった。

 だって子供部屋って、家の部屋割りを決めるときに、親が便宜上そう呼ぶものじゃないか。他人の部屋であり、自分の子どもの部屋ではないのに"子供部屋"と呼ぶのは、違和感を感じてしまう。わざわざ"子供部屋"と呼ばずとも、"実家の自室"でいいのだ。

 おじさんという言葉も、悪口によく使われる、インパクトの強い単語である。年齢や経験を重ねた男性が、一つの行為に対して、愚直にこだわり続ける様子を表しているらしい。

 だから「子供部屋おじさん」というのは、歳を重ねた男性がいつまでも"子供部屋"に住み続けていることに対し名付けられた。非常にインパクトの強い、心に刺さるあだ名である。

 実家暮らしを続ける成人男性を指すのに、わざわざインパクトの強い言葉用いて流行らすのには、何か理由がありそうである。


 私がこの言葉に反応してしまったのも、訳があるのだ。

 私の実兄のことであるが、生まれてこの方、実家を出て暮らした経験がない。私か実家に帰省した際はいつもいる。

 それは別におかしなことではない。家族の誰も兄を家から出そうとは思っていないし、兄も出ようとは考えていないようである。

 兄の収入はお世辞にも高いとは言えない。食費や光熱費等、生活には金がかかる。だから余計な支出が出ない実家にいることは、理にかなっているのだ。

 また兄は軽い障害を持っており、生活能力は低い。ある程度は自分のことは自分でしているが、行政的な手続き等面倒なことに関しては、どうも苦手なようである。様々なことを抱えてしまうと、兄は落ち着きがなくなり、パニックに近い状態になるだろう。

 だからもし家を出て独立しようとすれば、生活はたちまち困窮してしまう。家族からの支援も必要になる可能性があるため、家を出るに出れないとも言える。


 私はそのような身内を持つので、「子供部屋おじさん」という言葉を聞き、良い気持ちはしなかった。

 きっと兄の目にもこの言葉は入ってくるのだろう。ネットの言葉は短時間で現実に影響を与え始める。だから、この言葉を聞いた兄が、心を痛めないことを祈るばかりである。


 実家に暮らし続けている人間が独立を考え始めたら、得をするのは誰か。

 不動産業界、家具・家電業界、通信業界、考え始めればキリがない。独立は社会にとって"良いこと"のようである。

 私は上述のような兄を持つため、"子供部屋おじさん"を庇う立場になる。……と思ったが、別に庇うのは兄だけでよかった。それに私は兄に対しても、すべて家族に任せノータッチだ。ただ容認はしている、というだけである。

 この世の中、他人の志向にまで責任を持てる人間など存在しない。誰かが実家暮らしを続けようが続けまいが、大体の人は無関心ではないだろうか。

 関心があるのは、独立する人間が増えることにより自分が得をすることである。だからそのように煽ることで、実家からの独立を促すのだ。実家に住み続ける人に関心が向けられたわけではないし、煽りに対して焦りを感じ独立したとしても、誰も責任は取らない。


 そういった意味で、一人の人間が大人として自立することは絶対である。自分の人生の責任は、自分以外に取る人間はいないのだから。

 一般の人が「子供部屋おじさん」と煽り、嘲笑するかのような嫌悪感を抱く理由は、実家に住み続け自立ができていない(と自分が感じた人)に対し、自分はそうあってはならないと感じてしまうからではないだろうか。つまるところ、(無意識のうちに)反面教師として問題を捉えているのだ。だから多くの人がこの言葉に関心を寄せたのである。


 ぶっちゃけ"自立"とか"責任"とか"実家暮らし"とかそういう問題は詳しく語れるほどよく知らないので、これ以上触れず、投げっ放しで記事を終えることにする。

 なら最初から書くなと思われるかもしれないが、手が勝手に動いたので許してください。私はマイメロなのだ。難しいことはよくわからないし、イチゴが食べたいのである。おしまい。