会社員が書く雑記

雑記中心。気ままに書いてくよ

読んでいる

 ここ数日、ひたすら何かを読んでいる。

 人のブログを読み、漫画を読み、小説を読み、エッセイを読み、ビジネス本を読み、一体何を求めているのか、自分でも把握できていない。まあ、人生にはこういう瞬間があってもいいのだろう。


 かと言って大好きなスマホゲームの時間を削っているわけでもない。

 私はモンスターストライク(通称モンスト)をやっているのだが、先月までゲーム内イベントで遊戯王コラボが実施されていた。

 モンストでは、モンスター毎に「ラック」というステータスがある。同じモンスター同士を合成すると、そのモンスターが持っていたラックの数値が合わさり、高いラックのモンスターが作成できる。

 このラックを99にすると「運極」モンスターが出来上がり、ゲーム内で様々な恩恵を受けることができるのだ。(一番の恩恵は次の「運極」を作成するためのボーナスを受けられることであり、「運極」作成を繰り返すゲームとも言える)

 私は遊戯王コラボにおいても、最低限の「運極」作成を終え、余力を残してコラボ期間を終えた。つまりスマホゲームもきちんとこなしていたのである。


 どこにそんな時間があったのだろうか。

 平日は家に帰れば家事をしなければならず、風呂に入り、気が付けば就寝時間である。休日だって家庭があるため膨大な時間があるわけではない。

 このブログに書いたことがあるのだが、やはり細切れとなった時間も有効に使うことが大事なのだろう。10分あれば何か好きなことに手が付けられるのだ。


 そんなわけで10分とも意識をしたわけではないのだが、ひたすら何かを読み続けていた。

 ぼんやり読んでいるだけだったのだが、ふと、作者の言葉が私の無意識に考えていたこととリンクする瞬間にがある、ということに気が付いた。

 「そうそう、そんなことを自分も考えていたんだ!」

 私の場合「そんなこと」がきちんと言語化されていないため、作者の言葉を読むことによってようやく言語化できるだけである。言葉や気持ちが無意識から引き上げられたような感じだ。

 人の言葉によってようやく自分の気持ちを理解できた、もしくは形成できたわけで、どれだけ自分の思考が未熟だったかを痛感する。それだけ普段思っていることの内、意識できていることは少ないということである。

 つまり、人の言葉は自分の感情や考えを無意識の中から引き上げる助けをするのだろう。


 そんなふうに、何も動きがないように見える私の生活も、ところどころ面白いのだと感じるわけである。

そして生活はつづく (文春文庫)

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