会社員が書く雑記

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子どもの頃メダロット2を遊んでいたから懐かしさと切なさに震えた

 某アーティストの楽曲がかの名作「メダロット2」のBGMに似ている、という記事を読んだ。

 私は某アーティストのことが好きだし、「メダロット2」もよく遊んだゲームなので、大変興味をそそられた。

 実際どんなものかとYouTubeにて探すと、既に某アーティストの楽曲とゲームBGMを比較した動画がアップロードされていた。聴いてみると、なるほどたしかに似たメロディだった。

 メロディを聴いていると、あの夢中になった頃を思い出し、懐かしくも切ない気持ちになる。その感情は某アーティストの楽曲からも受け取ることができるし、ゲームBGMからも想起させられる。

メダロット」とは?

 ゲームが発売され遊んだ頃は、私は小学生だったと思う。当時はポケットモンスター(通称ポケモン)が圧倒的に流行っていた。周囲の友人達がポケモンバトルに興じている中、流行に乗り切れなかった私は「メダロット」を手にし遊んでいた。

 「ポケモン」と「メダロット」は、それぞれ「コロコロコミック」「コミックボンボン」に掲載され、それぞれの代表するゲーム作品だった。つまり「コロコロ」VS「ボンボン」の構図である。

 ゲームの内容も「似て」おり、少年の主人公が相棒(それぞれ「ポケモン」と呼ばれる生き物、「メダロット」と呼ばれる人型ロボット)を引き連れ冒険する、RPGゲームである。

 試合形式やコレクションの方法等はそれぞれ独特な形式を取っているが、当時は「相棒を引き連れ、相棒を戦わせながら冒険するRPGゲーム」が非常に流行していた。ドラクエやFF等といった、主人公自身が仲間と共に戦うそれまでのRPGゲームとは一線を画し、共に冒険をした相棒に愛着を持つことができる内容が人気に火を点けたのだろう。
 (「コミックボンボン」にはメダロットの他に「ロボットポンコッツ」という漫画・ゲームがあった。こちらは「ロボット版のポケモン」とも言える完全な「パクり」のように感じられるもので、機会があればまた話そうと思う。こちらも私はリアルタイムで遊んでいた)

 今の時代だからこそ流行は「ポケモン」が圧勝だったと分かる。何せ「コロコロコミック」は継続して発行されているが、「コミックボンボン」は2007年に休刊(事実上の廃刊)となっている。ゲームにおいてはポケモンはどんどん新作が発売されているが、メダロットは2016年3月「メダロット ガールズミッション」、2017年「メダロット クラシックス」(「メダロット5」までのナンバリングタイトルを収録)が現状最新作である。

「ボンボン派」は少数だった!

 私の周りにポケモンではなくメダロットを遊んでいた友人は、2,3人もいたかどうかわからない。1人は私が巻き込んで一緒に遊んだ友人であるため、私が関わらなければメダロットを買っていたかどうか怪しい。

 大体なぜ同じゲームボーイのソフトなのに、メジャーなポケモンではなくマイナーなメダロットを選んだのか。子どもの頃からマイナー志向が強かったのだろうか。

 確かにメダロットは面白かった。冒険で出くわす雑魚CPUを倒してパーツを集める過程は楽しかったし、圧倒的な強さを振りかざすボスキャラに対し、どう立ち向かうかを戦略的に考え何度もやり直して打ち勝つ過程も、子どもながらに興奮を覚えた記憶はある。

ゲームで敗れ主役級のパーツを失い電源を落とすが……

 しかし、世の中はポケモンである。友達と通信交換でユンゲラーを進化させたり、鍛えたポケモンを引き連れ四天王を倒し殿堂入りを目指す方が、ゲーム生活としては充実していたのではないだろうか。

 ポケモンでは敵とのエンカウント(遭遇)は、草むらや洞窟内といった限られた場所で起きる。しかしメダロットでは、街中や校内など場所はほとんど限定されず、絶えず敵とエンカウントする(しかも逃げ辛い)仕様だった。そんなメダロットの仕様に辟易としなかったのだろうか。

 ある時私は、街中でエンカウントした雑魚CPUに運悪く負けて主役級のパーツを奪われ、あまりのショックで勢いに任せてゲームの電源を落とす。しかし直前にセーブしたポイントは倒すのが困難だった強敵と戦う前で、すべてそこからやり直す絶望感にゲームを投げたことが何度あっただろう。

 それでも再びゲームを始め、何度もやり直してようやくクリアした時の気概は、一体どこから来たものだったのか。

それでも「メダロット」を楽しんでいた

 友達とわいわい楽しむことはできなかったけど、確かに私は夢中になってメダロットで遊んでいたのだ。ちなみにいつも兄がカブトVer.を買うので、私はクワガタVer.を買っていた。「メダロッチ」という某育成ゲームっぽいホビーだって手に入れて遊んだし、楽しかった思い出はたくさんあるのだ。

 きっと大人になった今では、そんなふうに夢中になって遊ぶことはできないのだろう。仕事や家事に追われ、将来のことに思いを巡らせる日々に、出来の悪いゲームが入り込む余地はないのだ。理不尽な仕様のゲームを一度投げたら、もう一度やり直す気概はきっとない。

 自分で発した「出来の悪い」という言葉に胸がチクリと痛む。確かに出来は悪かった。カラーじゃないし、戦闘テンポは悪いし、オートセーブ機能はない。今となっては当たり前のことが何一つできないゲームだった。

 だからこそ今でも記憶に強く残っているのだろう。決して親切な設計とは言えないゲームを、大して働かない頭を使って最後までやり遂げた。きっと今なら近道や簡単な攻略法をすぐに思いつくかもしれないが、子どもの頃の私は、まさに夢中になって遊ぶことでゲームをクリアしたのだ。

 その経験は私の宝であり、出来が悪かったとしても「メダロット」のことを私は愛していた。

おわりに

 そんな懐かしく切なさの混じる感情が、某アーティストの楽曲のメロディから呼び起こされる。私は音楽事情には疎いのでパクりとかよくわからないのだけど、子どもの頃に大事にしていた日々を少し思い出すことができた。そんなきっかけを与えてくれた楽曲でもある。

 まさかこんなところで思い出すことになるとは思わなかった。パクりだとか何だとか批判があるかもしれないが、私はこの曲も経験も、大事にしていこうと思う。

メダロット2 カブトバージョン