会社員が書く雑記

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ブログの記事が100を超えたので振り返って感想を書いた

 ブログの記事の投稿数が100を超えていた。
 別に目標として意識していたわけではないのだが、一つの区切りとして考えてもいいだろう。
 なのでこれをきっかけに、一度自分のブログを見返してみることにした。


 ブログトップを表示し、他人のブログを見るように最初から眺めてみる。
 鼻息を荒くして書いたような意識高い記事もあったが、ちょっと今は読みたくないかな、とスルーしてしまう。
 それよりも、書くことがよっぽどなかったんだなと思われるような普通の日記の方が、肩の力を抜いて読めるので、自分としては面白かった。
 書いている時も、たらたらーっとさらーっと書けてしまうので、きっと相性がいいのだ。


 一生懸命書いたメダロット2の記事なんて、ニッチな需要もいいところである。
msne.hateblo.jp
 おまけにその頃話題になった某アーティストの騒動に関してはほとんど触れられていない。きっとメダロット2よりも某アーティストの騒動の方が興味を持つ方が多いのではないかと思う。
 しかしメダロット2に関する内容も非常に薄く、Wikipediaや検索を駆使して記事を書き上げた割にはそれほど面白みのない、不遇な記事となった。
 「一記事2,000文字以上」というブログ界の掟のようなものに従ってみたのであるが、無理をしている感じが痛々しいものとなってしまった。


 頑張っている感じというのはどうしても伝わってしまうようである。頑張っている感じも可愛らしいと言えば可愛らしいが、肩肘張らずに読めるブログでありたいと私は思っている。


msne.hateblo.jp
 上の記事は「陰キャ」とか「インスタ」とか流行り言葉をちりばめて書いたのだが、どうにかしてこのブログが人目に付けばいいという思惑があった。
 他者(自虐を含む)を批判したり煽ったりする内容は、食卓に置かれている安い七味唐辛子のような、わかりやすい刺激だ。
 アクセスが増えるし、美味しいので、つい書きたくなってしまう。そんな安直な考えで書いてばかりいても、結果的に面白いブログになるかというと、ちょっとよくわからない。
 記事を読み返してみても、内容はよくある「インスタユーザーに対する苦言」で別に面白くもなく、読み飛ばしてしまった。いろんな人が似たようなことを書いているので、目新しくもなくここで読む必要性もないだろう。
 何なら記事の最後の方に書いた、密かに抱いたクラスメイトへの恋心の部分が、一番の読み所だと思う。何ならそこだけでもよかったかもしれない。


 わかりやすい面白さとか読まれやすさを意識してしまうと、結局つまらなくなってしまうのは何故だろう。
 面白さがわかりやすい故に誰でも思い付くため、似たような記事が巷に溢れるからだろうか。


msne.hateblo.jp
 これは一番最初の記事である。
 内容は、私自身が過去にうつを患い休職した時点から復職までを書き綴ったものだ。
 私はこれまで生きてきた中で、精神的に衰弱した経験を持つ人と知り合いになる機会がなぜか多かった。
 大事な友人ばかりだったが、当時私は友人に対し何もしてあげることが出来ず、お互いに生活の環境が変わる中、関係が疎遠になってしまった。
 今でも、何か出来ることがあったのではないかと悶々とすることがある。
 当ブログは、そういった友人やそのような方に対し、少しでも寄り添うことが出来ればという意図で始めたものだ。
 結局のところどうしたらいいのかも未だ理解できておらず、毎日日記みたいな記事を書いているだけなのだが。


 毎日何かしら書くということで半ば強制的に続けており、書く内容に困ったときは普通の日記を書くことが多い。
 でもくだらない内容の日記でも、毎日の出来事を思い出しながら書いていると、自分が何を大事に想っているのかが見えてくる事がある。
 その瞬間が一番気持ちがいい。


 書くことは普通の日記なのだが、ブログという形で書いているため、ついでに誰でも見ることができるようになっている。
 そのため、誰かが読んで内容に共感してもらえたり、逆に違和感を感じたりしてもらえることが、当然のように起こっているのだ。
 私自身、何の地位や名誉も持たない一個人であるため、現実でそれほど大きな存在感はない。
 そのため、ブログを更新することで誰かに何かを感じてもらえるという事実は、ブログを続けるための大きな動機となっている。と言うか、今のところそれが全てである。


 これからも当たり前のように更新するので、気が向く時でいいので読んで頂けたら光栄に思う。