会社員が書く雑記

雑記中心。気ままに書いてくよ

恨んだり許せなかったりする自分を許した

 色んな人間と関わると、馬が合わない人間というものはいるものである。
 馬が合わない程度であればいいが、ちょっかいを出されたり、露骨に嫌がらせを受けるがある。


 先日私は会社の飲み会に参加した。
 そこには同い年の社員が一人いた。
 私はこの会社に彼よりも数年遅く入ってきたので、彼にとって私は社歴的に後輩である。
 とは言え働く部署も違えば日頃関わることもなく、既に入社から数年経っており、それほど目立つ差はないように思っていた。


 しかし彼にとっては私は絶対的に下の存在であるようだった。
 単に後輩とか部下であれば、優しく接したり温かい目で見たりするのかもしれない。
 その点において私は彼と同い年であるため、「同い年なのに後輩」と、私は彼にとってマウントが取りやすい相手だったのだろう。
 何かにつけて彼からちょっかいを出されたりハラスメントを受けたりしていた。


 飲み会自体を温和に終えたかった私はとにかく無視を決め込んでいた。
 元々彼のことは嫌いだった。
 無視を決め込むと、反応がない私に対する行為はどんどんエスカレートしていった。
 おそらく私が反応するまでするつもりだったのだろうが、最後まで私は彼と目を合わさなかったので、逃げ切る形となった。


 そのような中で冷静でいられるはずもなく、飲み会中は怒りに震え、家に帰ってからもずっと彼に対する思いに意識を向けていた。
 私が悪かったのだろうか。もっともっと無視をすればよかったのだろうか。それとも迎合すればよかったのだろうか。
 へらへら笑いながら「すみません」とか言えば彼に嫌われずに事なかれ主義を貫けたのだろう。
 だがどの考えもしっくりこず、悶々とした日々を過ごしていた。


 大人であれば相手を許す態度が求められる。
 今まで私はそう考え、穏便に事を済ますように生きていた。
 何か嫌なことをされても、笑顔で対応したり、困り果ててみたりと、衝突を避けることが一番の対応だと思っていた。


 だが今回、あまりにも彼が程度の低い人間であり、それでいて同い年ということもあって、どうにも感情の抑えが効かなかった。
 彼を低次元の人間として見るか、同等の立場の人間として見るか、彼の望むように上の存在として見るか(間違いなく上ではないのだけど)。
 低次元の人間として見るのは、私が彼を極端に見下すということで、私自身が悪いことをしている気分になる。やはりここは同等の立場の人間として見た方が良いのである。


 だとしたら、彼を許すことは出来なかった。
 子どもが親に構ってほしくていたずらをするわけじゃあるまい。
 虫けらでも何でもない同じ人間なのに、人に嫌がらせをするとはなんて愚かな人間なのだろう。


 私は彼を一生許さない。
 危害を加えるわけではないが、今後心を許す事はないし、彼と人間的なコミュニケーションは一切行わない。
 彼とは社内でやり取りをすることもないし、お互い影響力を持たないので、何も困ることはないのだ。
 会社の行事で顔を合わせることはあるかもしれないが、是非私以外の人と楽しんでほしい。
 私も行事の度に社内掲示用のスナップを撮るのだが、彼にピントが合うことは今後なくなるだろう。


 そのような考えに至ると、不思議と胸のつっかえが取れた。
 そうだ。別に人を許せなくてもいいのだ。恨んだっていいのだ。怒りを露わにしていいのだ。
 人間らしい喜怒哀楽を抱える私を私は許す。


 自分に優しくできて、初めて同じ様に他人に優しくできる。
 相手を許す前に、自分を許すのだ。
 相手のことがどうしても許せなければ、それでいい。
 自分を許せば、無理に相手を許す必要などないと気付くのだから。


 感情を表現するのに邪魔をするものは、いつだって自分を許せないという気持ちだ。
 恥ずかしいとか、みっともないとか、自分なんかがとか、つい考えてしまい感情を抑え込む。
 だがどうだろう。感情を抑え込んでいたって、他人からしたら素直じゃない人と見なされるだけである。
 いい人と思われる可能性はない。
 感情が爆発するタイプであることは容易に見抜かれ、その分距離を置かれるだろう。


 素直に感情を認め、許し、溜め込む前に穏やかに表現するのがよろしい。


 ついでに、嫌な人間に接すると、普段から周りにいる人達のありがたみが身に染みる。
 たまに怒りっぽくなるあの人も日頃は優しいのだ。基本的には良い人間なのだ。嫌なやつではないのだ。
 許せない彼を踏み台にし、私は一つ成長できた。
 彼には感謝しない。