会社員が書く雑記

雑記中心。気ままに書いてくよ

妄想が世界を救い人を自由にするんだよ

 君が「許さない」と思っている会社に、僕はまだ勤めている。
 君にひどいことをしたやつも何食わぬ顔で前と変わらずにいる。
 君が「許さない」とまで思う場所から僕は出られずにいる。
 くたくたになっても働き、嫌なやつにも笑顔で応じ、カメラを持ち出す暇のない日々を過ごす。
 給料は服を買うか映画を観るかの選択が必要なくらい低い。(どちらもする、という選択は金銭的に苦しい)


 そうまでして守りたいものは何なのだろう。
 自由に使える時間も金もないのに。
 家庭?少ない金?
 まあ、そうなのだ。何となく続いている生活と、細々と生きるための金が、僕には何より大事なのだ。それを捨てる勇気は起きない。


 そんな生き方を考えて嫌気がさしても、本当は些細なことだから変える必要を感じていないのかもしれない。つまらないと思っても、何となく続けることができるのだから。それより生き方を変えようともがき生活が変わってしまうリスクの方が重たく感じるのだ。


 変わることは簡単?
 いや、難しい。
 仕事を辞めようと考え、妻に話せば、私がその考えを諦めるまで説教は続いてしまう。そのうち妻の両親も登場し、圧力がかけられ、結局折れなければならない。苦痛は大きい。
 話さずに辞めたとすれば、尚更だ。離婚アンド慰謝料請求により、今以上に生きていくのが困難になる。
 これらのことをちょっと考えるだけで心が挫けてしまう。その先に幸運な未来が約束されているわけでもないし。


 そんなわけで、大事な友達が嫌っているこの職場を、僕は離れられない。合わせる顔がない。会う事もないと思うと、ちょっと寂しい。異性の友達だからね。
 結婚したから自由がなくなったのかもしれない。だったら、それはそれで仕方がない。


 仕方がないんだなあ。


 ただ心だけは自由であると僕は思う。妄想力だ。何一つ身動きが取れなくても、気持ちいいことを考え妄想に浸れば、とりあえず楽しい。金も使わずに済む。時間だってそれほど必要ない。
 妄想こそが自分を救う遊びなのだ。希望が叶わないなら、妄想に浸れ。妄想ついでに瞑想&筋トレだ。精神と肉体の両方をチューニングするのだ。これらの行為を行い、一体誰に迷惑がかかるだろう?
 ただし妄想の中身はしゃべらないことだ。現実にどんな影響を与えるかわからないから。そっと自分の中だけで温めるのがいい。


 夏が終わると、どこか感傷的になってしまう。食欲もあまりわかず、食欲の秋とは逆行気味だ。
 本でも読んで、一瞬でも楽しく生きましょう。

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