会社員が書く雑記

雑記中心。気ままに書いてくよ

自分のことは自分で気付けなきゃ

 もし自分が傍から見ておかしなことをしていても、周囲の人間から指摘されることは少ない。就業中にネットサーフィンをしようが漫画を読んでいようが、偉い人に見つからなければ特にお咎めはない(もちろんそんなことはしていません。)
 それは私が特別だからというのではない。周囲の人間が寡黙であるというのでもない。
 単純に、わざわざ言ってやるのが面倒なだけなのだ。もしかすると私が尚更面倒な奴で、変であることを指摘したらブチギレたりする可能性もゼロではない。そんなやつと関わって不要なトラブルが生まれるのを避けるべく関わらないようにするのだ。
 私なんかは特に誰にも何も言ってやらないタイプである。


 もちろん言えばわかってくれる人もいる。そういう人がほとんどであれば会社生活も円滑にいくと思うのだが、まあそんなことはない。そんな人間は相手の言うことを理解する前に自分の気持ちを主張したがるため、いつまで経っても相互理解が深まらない。
 とりあえず大声出すヤツは疎まれ孤立ばかりが深まるのではないだろうか。


 当然ながら明日は我が身である。自分自身が生き残るためには、彼らのことは反面教師にしてやるのが良い。
 大人になると他人から何かを指摘されることは本当に少なくなるので、自分が成長するためには自分で何かに気付く必要がある。だから反面教師はある意味ありがたい存在で、用が無ければ関わらず、距離を取って眺めているのが一番良い。


 この社会は自分のことを自分で気付けなければ行き詰ってしまう、冷淡な仕組みを持つ場所だ。病気の場合も、自分で症状に気付けなければ病院に行くことさえしないだろう。
 先日歯医者の通院が終わったのだが、単純に「冷たい飲み物は歯にしみるだけ」と考えていたら、虫歯の治療は遅れ、治療日数がよりかかったことだろう。
 瞑想信者である私は事ある毎に短時間の瞑想を行う。それは身体や心の異常にいち早く気付くためでもある。


 私が悩める友達に「瞑想でもしたら」なんて宗教の勧誘みたいに(何かを勧めるのって大体がそれっぽいと思うのだけど)話すと、「瞑想したら迷走する~」なんて言って特に聞き耳を持たれなかった。そんな彼は今精神科・心療内科をハシゴしているらしく、瞑想せずとも迷走しているじゃないか。
 寂しいのだけど、そんなふうにいくら友達から何かを言われようが聞く耳を持たれないこともあるのだ。自分もそうかもしれないし、言われることも少ないし、だからこそ自分で気付く重要性は高い。


 ところで毎年秋から冬の間は体調が優れないのだが、季節性のうつだろうか。うーん、晴れの日がほしい。