会社員が書く雑記

雑記中心。気ままに書いてくよ

鬱だったとはいえそろそろ頭を働かせてみてはいかがか

 人はどれくらい頭を働かせながら生活をしているのだろう。


 私は極力ぼけーっとしながら生きていたのだが、もしかするともっと頭を働かせて生活を送らないと損なのではないか。
 そんなふうに思ったのは、金曜ロードショーカイジを見て、電子書籍カイジを読み、駆け引きの熱に当てられたからだろう。
 勝負の一瞬に、頭を働かせず勝てた人間はいない。


 ぼさーっと生きてのらくら会社員をしている自分は、何かに勝っているのか。転がっている機会に気付かず見逃しながら生きているだけなのではないか。
 勝利、勝利と声高に叫ぶような真似がしたいわけではない。だけど、もし損ばかり被っているのであれば、即刻そんな生き方はやめたいのだ。


 みんなはどれくらい物事を考えて生きているのだろう。
 ここにきて他人の様子が気になるのはいかにも小心者らしい思考である。母に「他所は他所、うちはうち」と言われながら育ったのに、30歳にもなる現在、また他所を気にしているのだ。
 まあたぶん私の様にぼけーっと生きている人間もいるし、バチバチに考え考え考え抜いて生きている人間もいるだろう。そんなことはわかっている。


 まだ私は自分を大事に大事に甘やかすつもりらしい。
 鬱の気があるため、ストレスを抱えると爆発するのではないかと、慎重なのだ。
 精神に負荷がかかることが心配なのだ。
 鬱はそれだけ引きずりやすいということなのだけど、これでは牙を抜かれたわんちゃんである。


 そうだ、せっかく手帳を引っ張り出したのだから、こいつを相棒にしようじゃないか。
 考えた事を常に自分の頭の中に抱えすぎるから負担なのだ。一旦文字に落とせば荷は下りるし改めて吟味もできるはず。
 そういえばこの間手帳を引っ張り出してから何かしら書いていたのだけど、なんとなく頭が軽くなった気がする。
 仕事のことで悩みながら朝目覚めることは減った。


 もちろん手帳が全てを救うなんて極端な思考はよした方が良い。
 だけど精神の負担を減らす一つの手段としては上等なようだ。


 鬱を引き起こしてから、あまり考え過ぎないようにぼけーっと生きてきたけど、そろそろ思考を磨いてもいいんじゃないかという気になってきた。
 日常を惰性で生きていれば難易度の高いことは高いままで、簡単なことしかできなくなる。
 私は未だに初めてのお店に入るのが苦手で、妻と出掛けているとき、妻を先に行かせようとしてしまう情けない癖がある。
 妻も先に入るのは抵抗があるようで、そのことについてよく苦言を呈されてしまう。


 こんなふうに思考停止と惰性で生きていると、気が付くと損をしている場合が多い。
 鬱だったとはいえ、そろそろ頭を働かせ始めた方が良いのではと思った次第である。