会社員が書く雑記

雑記中心。気ままに書いてくよ

ちゃんとこだわってその場所を選んだの?

 私は非常に多くのことを後悔している。
 中学校までは公立一択だから選びようがなかったけれど、高校、大学、就職、その他諸々、後悔ばかりの人生である。
 取り返しのつかない過ちの一つや二つくらい誰にでもあるとは言え、いい加減うんざりしている。


 私のような生き方は自ら泥水に突っ込んでいくようなものである。まず選択の仕方が違う。
 どの道を選んでも後悔はあるものらしいが、最初からわざわざ臭い場所に突っ込んでいく必要はないのだ。
 自身が今後身を置く場所くらい精査して検討し、そこに辿り着くべく努力をするべきだったのだ。


 不真面目で流されやすいところはあった。努力の必要性も見極められず、怠惰で気持ちのいいことばかりしていた。
 その結果、現状に大いに不満を抱き、今更ながら抜け出したい気持ちで窒息しそうになっている。
 もちろん家庭環境もあった。当時は「自分で何かを決めることはできない」という無力感に苛まれもしていた。
 目に見える家庭内暴力とかはなかったけど、まあいい。とにかく自分は無力で死にたくもあった。


 妥協に妥協を重ねた人生は今楽しいはずがないのだ。
 自分で勝ち取ったわけじゃなくその分喜びも少ないし、もっと頑張ればよかったなあなんて思ってしまっているし。


 将来が何一つイメージできなかったことも一つの要因である。
 「将来何になりたいの?」という質問は保育園の頃から頻繁にされた記憶がある。
 その度に絵描きだのサッカー選手だのサラリーマンだのその当時の大人が喜びそうな(全く面白くもない)回答をしていた。
 ぶっちゃけ何にもなりたくなかった。というか何になれるかもわからないから選びようがなかった。


 何になりたいかなんて、自身の希望と適正を考えなければ答えは出てこないのに、物心ついたころから私は周囲に流されるだけのただの人形だった。
 自分の居場所さえこだわれないようになっていた。
 セックスのことばかり考えていたけど、決断のできない人間だった私は高校生のうちにセックスに辿り着くことはなかった。
 結局大学でメンヘラビッチ相手に童貞を捨てることとなった。その子の髪と服には他人の煙草の匂いが染みついていた。


 こじらせこじらせて生きていても、不満が爆発しそうになる頃に自我に目覚めることとなる。
 どうして自分はこんなところにいるんだと、ブログを書きながら気が付いてしまう。
 気が付いたころには世界が病気にかかってしまってもはや身動きが取れないのだが。


 結局のところ、ここから生きていくしかないんだよなあ。
 こだわって丁寧に生きることがどれほど重要だったのか。
 今からでも間に合うのか。


 最近こだわって選んだ物。
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