会社員が書く雑記

雑記中心。気ままに書いてくよ

新人の研修を行っている

 会社の新人研修の自部門担当となり、ここ数日新人と共に作業を進めている。
 自部門に配属というわけではないので、実践的なことというよりは、概念的なことを話しつつ実際の作業を見てもらう形だ。
 仕事に対しては散々やりがいがないだのやる気がないだのとブログには書いているが、結局のところ責任能力ややる気があるので、続けているわけである。
 なので新人に対してもそれなりに情熱を持って接しているつもりだ。


 とは言え日頃無口な私が若者達に対してあれこれ説明するのは精神的に大きな負担となっている。
 月曜日は丸一日接し、一生懸命話していたので、家に帰ってからぐったりとしてしまった。
 どうぶつの森をやりつつ寝落ちしてしまうほどである。
 翌朝はやや寝坊気味だった。


 新人達も真面目で行儀よくしてくれているので、下手な話に対しても興味を持って聞いてくれているので助かる。
 聞く態度というのは重要だなと、新人達から学ぶことができた。
 別に深く話を聞いているわけではないのかもしれないが、うなずいてくれるだとか質問をしてくれるだとかしてくれるだけで、話す側としては救われる。


 何せプライベートで話したくて話しているわけではなく、あくまで仕事として接しているので、会話の必要性が生じているだけなのだ。
 お互いにWin-Winでいるには気持ちよく研修を終えるのが一番である。
 私にとっては、私自身の話が下手なのを悩むことがなければそれでいい。


 私は役職もなければ偉い立場でもない。ただの一般作業員である。もしここが広い工場であれば、機械につかまる作業員のうちの一人に過ぎない。
 ただ人が少ない場所なので白羽の矢が立っただけだ。
 人を動かす能力や才能など持ち合わせてはいない。
 中小企業の研修なんてそんなものである。研修中の新入社員の方がもしこのブログを読んでいて、研修がつまらないと思っていたら、そういう理由である。


 人生は理不尽だ。
 性格や思想が優れた者が人の上に立つわけではない。
 たまたまその役割を与えられた者が上に立っているだけである。
 結局その場所に長くいる人には人の上に立つ機会が多くあるというだけで、年功序列と大して変わらない。
 人の上に立つというのも言い方がおかしいな。組織の管理が円滑にいくように役職が付くだけだ。
 決して人格者が選ばれて役職が付くわけではないということである。


 そういうわけで私のような人間が新人に研修を行うという不毛な日々が続いている。
 ごめんな。