会社員が書く雑記

雑記中心。気ままに書いてくよ

食事のお供にゲームを

 毎回ずれたことを書くので読む方には大変申し訳ないのだけれど、今週のお題「ごはんのお供」についてである。
 私が高校生の頃の話だ。当時私は会食恐怖症という、人と食事をすることに強い不安を感じる症状を抱えていた。自宅以外の場所で食事をするとき、食べ物をほんの少し口に入れただけで吐き気がしてしまうのだ。


 ある日のことである。当時仲が良かった異性の友達の家に遊びに行くことになった。もっぱら共通の趣味のゲームで遊ぶのが目的であったが、さすがに異性として意識をしていたので緊張もあった。ゲームは当時ハマったガンダム無双とか戦国BASARAとかそんなのだったと思う。


 お昼頃になると、友達が食事を作ってくれると言い出した。
 女の子の手作り料理なんてすごく甘美な響きなのだけれど、当時の私にとっては恐怖そのものだった。何せ会食恐怖症なので、人+食事の組み合わせがとても心理的な負担だった。しかし無下に断ることもできず、とは言えどうしたらいいのかわからず、ただただ「ごちそうさまです」と言う他なかった。せっかくの申し出を断るなんてできない。私はめちゃくちゃ気を遣ってしまっていたのだ。


 出されたのは何だったかな、ペペロンチーノだったかと思うのだが、パスタ類の物を作って頂いた。食事を目の前にし、部屋には私と友達のみ。いよいよ追い詰められてしまった私は、ついに友達にカミングアウトすることにした。
 食事が摂れないなんて普通の人には想像がつくだろうか。ただ食べたくないだけじゃないかと誤解されるのではないか。相手のことを意識し過ぎて緊張しまくりだと思われるのではないか。多少気になる子だったというのは本当なのだけど。
 色々な不安を抱えながら伝えると「食べられなかったら大丈夫だし、ゆっくり食べたらいいよ」というふうなことを言われたのだと思う。優しかった。


 正直なところゆっくり食べるのもきついので、私はお行儀が悪いことには目をつぶってもらい、ゲームをしながら少しずつ食べる許可を頂いた。いや、本当に大変申し訳ない気持ちはあったのだが、どうすればいいのかわからない精神状態の中で選択した最良と思われる手段だった。
 ゲームをしながら少しずつ食べるというのは、相手と食事をするということに対して意識し過ぎるから不安に襲われるのであり、そこにゲームというものが加われば意識は分散され不安はほぐれる、という考えのもとでの選択だ。相手と食事に対してじっくり向き合うことができないのはいかがなものかと思われるだろうが、仕方がなかったのだ。


 もはやコントローラーをぐりぐり弄ることが精神安定剤のようなもので、ゲームの合間に食事を摂ることでパスタ類の物を美味しく平らげることができた。ゲームに意識の大部分を向け、途中食事をし、気持ちを紛らわせるために再びゲームに意識を持っていく。何度も言うがお行儀が悪いことは百も承知である。恐怖に囚われてしまった人間は時に奇怪とも見える行為を行うものである。
 会食のお供にゲームはなかなか良かった。今でも発作の予感がする度にスマホゲームに興じることもある。もちろん苦渋の決断としてなのだけど。


 結局その方とは高校生の間ずっと仲良くしてもらっていた。その方と遊び続けたことで会食恐怖症を克服するきっかけもあったような気がする。男女の関係にまで発展することはなかったが、良い友達であったことには間違いない。自分が良い人間だったかどうかは別として。

胃が弱いのかもしれない

 秋が近づくにつれ体調が悪化する。ちょうどこの時期は毎年そうだ。吐き気と共に暮らす日々に心底うんざりしている。
 季節の変化によって自律神経がおかしくなるのだろう。特に秋は気持ちが落ち込みやすい。日が暮れるのが早いと何だか切ないし、涼しい匂いもきゅっと胸が締め付けられるようだ。
 これは子どもの頃からずっとそうだった。もしかすると秋頃に何か嫌なことがあり、季節によって無意識下でそれを思い出している可能性もある。
 カウンセリングでも受けたら良いのかもしれないけど費用がばかにならないので見送ってきた。


 でもストレスが全部胃の不調に表れるなら、いっそのこと胃薬を飲んだら解決するのでは?
 ストレスなんてなくならないし吐き気の他に症状ないなら、胃薬が全て解決してくれるかもしれない。
 安直にそう思ったので良さそうな胃薬を探してみた。


【第2類医薬品】太田漢方胃腸薬II<錠剤> 54錠


 めっちゃ良さそうなのがあった。これは単純に胃の運動を抑制するのではなく、漢方の力で自律神経の働きを調節することによって胃の不調を解消するらしい。
 こういうすぐに欲しい薬系はネットで効用を調べてドラッグストアで即購入が良い。家電屋で商品を見てネットで買うのと逆だ。(私の場合はほとんど突発的に欲しくなる物で配達が待てず家電屋で買ってしまうのだが)


 もしこれで発作が収まるようなら、私は心療内科ではなくドラッグストアへ行くべきだったということが証明される。鬱のときは心療内科通ってどっぷり休んだから寛解したのだけれども。パニック発作の場合の話である。
 これまで長い間発作に苦しみ、依存性のある向精神薬を服用してきた。それを服用するとふわふわした気持ちになってハッピーなら気分になれたが、結局発作は去っていかなかった。むしろ副作用で吐き気があるかもしれないと書いてある始末だ。おまけに物忘れも増えて生きていくのが大変だった。


 早速食後に飲んじゃうぞーそれまでちょっと気持ち悪いけど我慢だ!と思ってたら、服用は空腹時もしくは食間だった。胃の違和感を我慢して食べてたのに、もっと早く説明書きを読めばよかった。
 というわけでこれから飲もうと思う。さて効果の程は如何に。


 「ストレス 吐き気」で検索すると多くのサイトが精神科、心療内科を勧めてくるのだが、これで発作が収まるのであれば私はこの胃薬を推奨したい。何せただの胃の不調なのだから、わざわざ副作用のある薬を飲む必要はないのだ。


 幼き頃の自分はちびまる子ちゃんの山根を密かに馬鹿にしていた。私は彼が自分の都合が悪い時に胃痛を起こす軟弱者だと思っていたのだが、彼もまた私と同じように胃の不調に悩む同志だった。
 もし山根が「胃が弱い」ではなく「ストレスに弱い」という設定で向精神薬を服用していたら、ちびまる子ちゃんの世界はよりダーティーなものだっただろう。

未クリアのまま放置してたゼル伝をクリアしなければ

 この間ブログでゼル伝の次回作が発表されたらBotW急いでクリアしようって書いたのだけど。

未だに「ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド」をクリアしていないので次回作が発表されたら急いでクリアを目指そうかと思っている。

msne.hateblo.jp


 これの記事を投稿した翌日に発表がありまして。


www.youtube.com


 急いでクリア目指さなければならない状況になってしまった。


 攻略も見ずにのんびりプレイするスタイルで遊んでいたのでコログの実も集まってないし神獣もあと一体解放していない。
 どうやったらあの熱い山登れるんだろう。よくわからないからちょっとお散歩しようかな。ガーディアンの撃つレーザーのパリィも苦手だから盾拾ってきて練習しなきゃ。等と自由気ままに遊びまわっているうちに私の生活の場は無人島へと移り、牢獄、宇宙船を経て最近はもっぱら戦場にいる。ゲームは上手ではないが、下手の横好きでも少しは進歩したい。

あつまれ どうぶつの森 -Switch

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  • 発売日: 2020/03/20
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Dead Cells|オンラインコード版

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  • 発売日: 2018/08/07
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グノーシア|オンラインコード版

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  • 発売日: 2020/06/02
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DAEMON X MACHINA(デモンエクスマキナ)-Switch

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  • 発売日: 2019/09/13
  • メディア: Video Game


 まだ戦場を堪能しきれていないのだけど、ゼルダ無双発売日の11月20日までにBotWをクリアすべくハイラルに戻らなければならなくなった。
 そろそろ攻略サイトも解禁して本気でクリアを目指すスタイルへとチェンジしようと思う。
 早く戦場に戻りたいのもあるし、ゼルダ無双を思いっきり楽しむならBotWはクリアしておきたい。


 一応正式な続編という位置づけというわけではないのだろうが、ゼルダ無双を遊んでいるうちに正式な続編の発表もありそうである。あれも楽しみだしこれも楽しみだし、ひとつのゲームの世界が終わると次の世界が開けてしまうなんて素敵すぎるではないか。


 会社に勤めていて家庭もあると、あまりゲームに没頭できる時間は少ないものだ。だからこそゲームのために予定を空けて時間を作り、ゲームに対して本気で取り組む姿勢が問われるのではないだろうか。
 端から見たらただの遊びなんだろうけど、大人が遊ぶのだって予定組まなきゃ集まりもできないはずだ。
 人生のステージが変わるとはこういうことかとしみじみ思った。

大きい車が苦手

 私は普段軽自動車をぶいぶい乗り回している。特に何もいじっていない、ターボもついていない激安の新古車を、社会人になりたての時に購入し今日に至るまで乗り続けている。
 パートナーも以前は軽自動車に乗っていたが、車が古くなっていたことと結婚を機に大きめの普通車を購入した。
 子どもができた時のことを想定して乗り換えたため、社内は広くて快適である。ドアも自動で開くし鍵もポケットに入れっぱなしのままドアのスイッチを押せば開く。この辺は最近の車であれば標準仕様なのかもしれないが、私が乗っている軽自動車は未だに鍵についているスイッチを押さなければ開けられない。カーナビもなければドライブレコーダーもない古き良き車である。

 機能に関しては快適極まりないのだが、とりあえずでかい。狭い道を走るのは困難なので軽自動車の時によく使う道を避けて広い道を選ぶこともある。


 向こうだけが休みの日に路地裏にあるおしゃれな菓子屋に出掛けたいときなど、お互いの車を交換することはよくある。私が普通車に乗り、向こうが軽自動車に乗るということだ。
 そうすると私は通勤に大きめの車を乗らなければならない。
 この辺は田舎で会社の所在地ももれなくその通りであるため、辿り着くまでに細い道をいくらでも通る。一方通行になるほどではないのだが、どれくらい細い道かというと女子高生が乗る自転車の後をついていかなければならないくらいだ。
 軽自動車ならぷいーと追い抜くことも余裕でできるのだが、少しでも大きくなってしまうと主に心理的な面で追い抜くことができない。道が広くないうえに十字路もあるため、怖くて怖くて仕方がない。
 ついでに言えばこの車は加速がよくないのでテクニカルな運転には向いていない。そのためゆったりと走る他ないのだ。別に好きで女子高生の後ろにくっついているわけではないのであしからず。


 そういうこともあり私は大きめの車が苦手である。車体が横に広かったり鼻が長かったりするのはできれば乗りたくない。
 どうせ街乗りしかしない私には軽自動車がお似合いなのだ。もちろん遠出をするときは普通車なのだけど。
 あと私自身の身体も小さめなので、普通車の車内が広いと思うことはあっても軽自動車の車内が狭いとはあまり思ったことがない。
 たまに身体の大きな人が小さい車に乗っているのを見かけるがあれは見ていて窮屈そうである。そういうのを見るとやはり私には軽自動車が合っているのだと思う。

携帯キャリアショップに出掛けてきた

 スマホの契約内容関連で携帯キャリアショップに行く用事があったので、事前に来店予約をして行ってきた。
 以前の記憶を頼りに店舗を目指して行ったのだが、いつの間にか移転されていたことに気が付かず店舗を通り過ぎたあとでナビを使いようやく辿り着けた。頭の中で「こういう場所にあるはず」と決めつけ地図を確認しなかったことが仇となった。行ったことがある場所なので脱ナビを試みたのだが失敗だった。
 予約時間から5分程遅れてしまった。


 きちんとマスクをして店舗に入るとお兄さんが向かってきたので「予約した○○です」と伝えた。事前にサイトで入力しておいた来店目的を確認され、アンケートの協力を求められタブレットを渡された。私はキャリアを長く使っており好意的に思っているので素直に回答した。
 アンケートの回答を終えタブレットを近くのスタッフに返却すると、混み合っているから待つよう言われた。私のように律義に予約して来る者もいれば飛び込みで来店する者もいるのだろう。少し遅刻したけど。
 仕方がないので展示された最新のスマホを触って回ることにした。スマホを手に持った感覚や画像表示の速度、カメラの試し撮り等確認したいことはたくさんあったので、少し待つくらい余裕だった。


 3、40分くらい展示されたスマホで遊んでいるとスタッフの方に声を掛けられ、受付カウンター?へと案内された。テーブルにはザ・ソーシャルディスタンス・クリアパーテーションが設置されていた。スタッフのお兄さんからお姉さんへとバトンタッチされた。お姉さんははきはきしたしゃべり方をした人でマスクをしているので美人に見えた。隣のデスクのお姉さんの方が可愛い系でタイプだったが、ここはそういうお店じゃないので邪念を払う。


 私の来店目的は大それたことじゃなかったが、お姉さんに迅速に対応して頂いたので、ついでに他にもあれこれ尋ねさせて頂いた。
 具体的には機種変更の見積もりを出してもらったり機種変更後のプランの詳細を改めて確認させてもらったりした。当初購入を検討していたハイエンドの機種と、なんとなく気になったミドルクラスの機種のカタログももらった。正直カタログを眺めてるだけで楽しめるので、新しいおもちゃを手に入れた気分だ。


 待機時間も含めると2時間も店舗にいたが、目的は達成されたし良い対応をして頂いたのでお礼を言い店舗を出た。
 変更された契約内容の詳細、見積書、製品カタログ、他諸々と名刺を頂戴した。
 このご時世に自分の本名が書かれた紙を配るなんて、勘違いしたストーカー野郎の被害に遭うのでは。そう思いながら車に戻ったあとすぐに名刺に書かれた名前をGoogleで検索するとその方が勤める会社のHPにばちこり顔が写った綺麗な写真が載っているのを見つけてしまった。マスクを外した顔は少し印象と違ったが雰囲気は変わらなかった。
 なんか自分がキモくて恥ずかしくなったのですぐにスマホを閉じ家路を急いだ。

ネガティブからポジティブへシフトしたい

 たまには楽しい話でもしたいけど、何一つ無いんだよな~~~。
 私はそんなダウナー系害悪ブロガーである。


 日頃から楽しいことを追い求めていてまあ辛いことも苦しいこともあるけれど発する言葉やエネルギーがポジティブな人たちに憧れている。なので私も少しずつそちらの方向へシフトしていきたいと思っている。
 もしかすると別の世界線では私もポジティブな人間で人の輪の中で生き生きとしていた可能性だってある。現在は私自身の中身はネガティブなものが大きく占めているが、ポジティブさも見えにくくなっているだけでありきっとどこかに残っているはずである。その小さな小さなポジティブさを大事に育てていけば、もしかすると世界線の移動は為されるのかもしれない。


 結局のところ毎日何もイベントが起きないので自分の内面しかブログに書けないことがもどかしい。そんな毎日で果たしてポジティブさは育つのだろうか。やはり妄想を繰り広げ架空の世界に心の置き場所を作るくらいしかポジティブさを形成することはできないのではないか。
 ていうかよくこんな毎日が続いているのに時折発作が起こるだけで済んでいるなと思う。私がもう少しネガティブな人間だったらメンタル面を悪化させたり、もしかすると耐え切れず既にこの環境から去っていたかもしれない。
 私がこの何も起きない環境に飽きずにいられるのも、少しだけあるポジティブさでこの環境の良い面を理解しているからだろう。
 数少ないこの環境の良い面とは、ひとつは「生きていけるだけの金が得られること」、もうひとつは「家事の面で鍛えられていること」だ。耐え忍ぶだけなら十分満足できる環境といえる。


 だけどやっぱり私も幸せな生活を夢見る一人の人間なので、耐え忍ぶばかりの毎日ではいられない。今できることといえば、この環境を大事に利用しながらも前に進むことを考えることだ。「前」とは今よりも楽しい場所だ。発作とは無縁で、人の輪の中でナチュラルに生きている世界線だ。
 コロナ禍ということで人の輪の中というのは難しいかもしれないが、ともかく前向きな世界で生きることができたらどれほどいいことか。
 それが現実的に実行可能かどうかは別として、わずかでも可能性が残っている世界に想いを馳せるのはつまり希望を持つということである。今がどんな場所にいてどんな状況だとしても希望だけは残しておきたい。


 ところで話は変わるが、たまにとても興味深いブログを見つけて記事をいくつか読んでしまうのだけど、そのブログの更新が滞っているのを見ると寂しくなってしまう。
 そういうのを見るとブログに飽きてしまったのかとかブログがそもそも楽しくなかったのかとか考えてしまうが、もしかすると不定期更新で単に間が空いただけなのかもしれない。もう少し先の記事ではどのようなことを書いていたのだろうかと気になるが、その先は記されていないため残念な気持ちになる。
 テキストデータとして自身の気持ちが記録されたものは将来誰かの想いと一字一句一致して検索に引っかかる可能性がある。書いている当時は誰にも見られないようなブログでも、時間を越えて誰かのもとに届く可能性は大いにあるのだ。
 当然ながら私のブログも同じだ。もし将来幸か不幸か誰かがこのブログに辿り着いたとき、このブログはまだ更新できているだろうか。
 今は「なんとなく」更新し続けているが、とりあえず「なんとなく」でいいから続けられたらいいなと思っている。

中二病を抑え込むと共に妥協を覚えた

 中二病とは中学二年生の頃のような思春期特有の思想や言動が発現した状態のことである。(定義は曖昧である)
 症例として妄想癖がある。例えば毎日通う学校に突然テロリストが現れクラスメイトが騒然としている中、特殊能力に目覚めたとか授けられたとかした自分がテロリストの手から学校を守り周りから賞賛、あわよくば好きな子と仲良くなっちゃう、という内容の妄想をすることだ。自分が目覚める能力は身体強化だとか風属性だとかちょっとかっこいいものになる。
 今思い起こすだけで顔が真っ赤になってしまうくらいの恥ずかしさで死に至る病だ。


 中学生時代はそんな妄想癖を抱えていても授業や部活で少しずつ精神が削られるとともに症状は治癒していく。結局のところ特殊能力には目覚めないしドッジボールでさえうまくボールが取れないしいつまで経ってもクラスで目立つ存在にはなれず、妄想と現実の狭間で生きることに違和感を覚えるからだ。いつしか妄想をする時間を虚しく感じ、現実的な目標の達成を目指して、クラスメイトからは決してちやほやされないが堅実な評価を得ていく。


 基本的に放っておけば自然に治癒に至る症状なのであるが、「中二病」という言葉が流行り独り歩きし、正常な治癒の工程を経ずに無理矢理消してしまおうと自責の念に駆られる輩が出てきた。それが私だ。
 頭の中で恥ずかしい妄想を繰り広げ悦に浸る度、私は「そんな夢を見るのは恥ずかしいことだ」と自分を責め、妄想の中断を図ったのだ。


 思春期の頃なんて世間に対して無力で、妄想することで生き延びているようなものである。それから徐々に現実と擦り合わせをし、妄想に向けたエネルギーを現実的な目標の達成へとシフトさせていくのだろう。
 しかし妄想を捨てた私は少しずつエネルギーを失っていき、ひたすら無気力になっていってしまった。心の奥底では中二病的妄想を繰り広げたいのにそれを抑え込み、大して面白くなさそうな勉強に気持ちを向けるようにしたかった。だけどそれは無理だった。
 私は妄想と共に夢を失い、勉強や学校生活を「こなす」ように生きた。理想を考えることをやめ、全ての決断を妥協から考えるようになった。憧れの人に恋をすることをやめ身近にいるそれほどタイプではない人と付き合ったり、いつまでも志望校を定めずにいたり、就職もバイト先だったりと、中二病的妄想と真逆の人生を送ってしまった。(全方位に対して失礼で申し訳ない)


 そんな学生生活を送った私でも、大人になった今では頭の中で繰り広げられている妄想と現実の区別ははっきりと付けられている。中二病的な妄想は控えめになり、どちらかというとささやかな妄想を楽しむくらいになった。まあ中二病は消し去れなかったし抑え込めもできなかったというわけだけど、少しずつ憧れに近付く努力というものを考えられるようになった。
 あり得ない妄想を抑え込むと、もしかするとあり得た未来までも封じ込めてしまう可能性は考えられないだろうか。というのが今の私の考えである。中二病的妄想というのは、現実を理想に近づけるためのエネルギーを生み出す本当の特殊能力、なのかもしれない。
 信じるか信じないかはあなた次第です。