会社員が書く雑記

雑記中心。気ままに書いてくよ

焦って起こした行動にどんな価値があっただろう

 私は今も昔も焦りながら生きている。
 それほどでもない能力と、贅沢のできない収入と、鬱とかパニック発作とかを足枷として全く動けない自分と、長いこと付き合ってきた。
 今思えば、だ。大学在学中に心療内科メンタルクリニックに通っていればよかった。望むならいくらでもぬるま湯に浸かれる環境だったので、療養にはもってこいだっただろう。
 だがその判断はできずに、無理をして過ごしていた。


 成績優秀で異性関係も上々な所謂リア充になりたかった。
 もちろんやっていたことは講義をサボりアパートの部屋で一人自慰に耽る、外との関係を断つようなことだ。その頃教養科目で履修した文学をきっかけに本等も読んだが、気力も少なかったため本の虫にまではなれなかった。
 当時流行り始めていた動画サイトへの投稿もしたが、長続きせず終いには「投稿者失踪シリーズ」タグが付けられてしまった。今は非公開である。


 何かを成すことでアイデンティティを得たかったのだと思う。それさえ得られたら自信がつき、メンタルも強く生まれ変わるのだと思っていたのかもしれない。
 全ては後になって分かることなので何とも言えないのだ。あの頃はそれで精一杯だった。虚勢を張ることに心血を注いでいた。


 あの頃の自分にはとにかく自信がなかったわけだけど、自信の無さ故に非リア充になってしまったのだとは思わない。
 自信がなくとも勉学に勤しむことはできるだろう。むしろ自信がないからこそ熱心に取り組むことだって考えられる。
 もしかすると「真面目である」と評価を受け、現実的な異性と交際できたかもしれない。


 やはり「焦りは禁物」なのだ。
 気持ちが焦っていたから、あの時「一旦休憩する」という選択肢を排除し、突発的に動画投稿を始めたのだ。
 別に動画を作ることが大して好きなわけじゃなかったし、大学入学用に購入したチープなノートPCで動画制作には適しておらず、長続きする理由がなかった。


 精神面、身体面、金銭面にトラブルが起きると、気持ちが焦りやすくなり、将来に対して悲観的なイメージを抱いてしまいがちである。
 私の場合、現在金銭面が非常に不安である。この稼ぎだと車も買い替えられないし家も建て替えられない。子どもができたら良い学校に通わせたいけど、ほぼ確実に地元の公立校である。
 転職や副業も視野に入れている。視野には入れているが、まあ今は保留である。
 仕事にも慣れており安定している状態なので、この環境は大事である。収入が少ないとはいえ転職で給料が上がる保証もない。住んでいる場所が地方なので、給料なぞどこも似たり寄ったりである。


 現状に不満だらけでも、焦ってはいけない。
 もし転職して収入が上がったとしても、落ち着いて働ける環境は確実に失われてしまう。
 転職自体を否定しているのではなく、焦りから生まれる行動はあまり良い結果を生まないのでは、ということである。


 一呼吸置いて、長い目で見たら効果的なことに取り組むことこそ今すぐやった方がいいのではないかと思った次第である。

生きているから生きる、死んだら死ぬ

 最近YouTubeにてペットの動画をよく見る。犬とか猫とか、たまにシマリスやインコ、オウム。
 私の実家にも大人しくて臆病で頑固な老犬チワワがおり、実家に寄る度に可愛がっている。


 YouTubeで動画を見ているとき、コメント欄を眺めることがある。私はコメントを残すことはしないが、人にコメントを読むのは好きだ。
 ペットの動画を見ていると「もう亡くなったけど飼っていた子を思い出す」というコメントを見かけた。動画の子と飼っていた子が少し似ていたようである。


 ペットロス症候群という言葉がある。ペットが死亡、行方不明、盗難に遭ったとき、飼い主に起きる可能性がある精神疾患だ。
 やはり自分の世界からペットの存在が失われてしまうのはひどく寂しいことなのだろう。
 私の場合は、チワワはまだ生きており、ペットを失う悲しみはこの先訪れてしまうのだろう。


 たしかにその感情は悲しみ以外の何物でもない。きっと泣くし、喪失感に立ちすくんでしまうだろう。実家を出る前は相棒のように可愛がっていたし、今も気持ちに変わりはないのだから。
 だけど、彼らは立派に生きた証を残せている。
 飼い主の心にしっかりと傷跡を残すのだ。YouTubeに残されたコメントのように。私がこの先味わうであろう悲しみは、紛れもなくチワワの仕業なのだ。
 生き物には必ず死は訪れるのだけど、自分のペットが私や家族の心に生きた証である傷跡をしっかりと残すことは、単純に誇らしく思う。


 彼らペット達は何を思って生きているのか、とたまに考える。
 エサをもらい、散歩に行き、撫でれらたり抱っこされたりして喜び、たまにイタズラを仕掛けて叱られる。
 私は彼らがそこにいてくれるだけで嬉しいのだけど、彼らはどうなのだろう。


 ……まあ、私だって私自身何を思って生きているのかわからない。
 生きる目的もはっきりしていないし、死にたいわけじゃないけど、何かを成し遂げるために生きているわけじゃない。
 死んだら悲しい、というだけだ。周りも悲しむし、周りが悲しむなら私も悲しい。
 せめて精一杯生きたという証が残せたら、とは思う。


 案外人間もペットも大して変わらないのかもしれない。
 生きているから生きる。死んだら死ぬ。
 ひとりぼっちじゃ寂しいからみんなで生きる。ごはんを食べて、散歩に行き、触れ合って喜び、たまにイタズラを仕掛けて叱られる。


 じゃあひとりで生きている人は?


 ひとりで生きている人とは遭遇し得ないので、ひとまず考えるのを止める。
 まあ、生きることが尚更大変になるんじゃないかなあ。知らんけど。(思考停止)


P.S. うちの子かわいかろう
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鬱だったとはいえそろそろ頭を働かせてみてはいかがか

 人はどれくらい頭を働かせながら生活をしているのだろう。


 私は極力ぼけーっとしながら生きていたのだが、もしかするともっと頭を働かせて生活を送らないと損なのではないか。
 そんなふうに思ったのは、金曜ロードショーカイジを見て、電子書籍カイジを読み、駆け引きの熱に当てられたからだろう。
 勝負の一瞬に、頭を働かせず勝てた人間はいない。


 ぼさーっと生きてのらくら会社員をしている自分は、何かに勝っているのか。転がっている機会に気付かず見逃しながら生きているだけなのではないか。
 勝利、勝利と声高に叫ぶような真似がしたいわけではない。だけど、もし損ばかり被っているのであれば、即刻そんな生き方はやめたいのだ。


 みんなはどれくらい物事を考えて生きているのだろう。
 ここにきて他人の様子が気になるのはいかにも小心者らしい思考である。母に「他所は他所、うちはうち」と言われながら育ったのに、30歳にもなる現在、また他所を気にしているのだ。
 まあたぶん私の様にぼけーっと生きている人間もいるし、バチバチに考え考え考え抜いて生きている人間もいるだろう。そんなことはわかっている。


 まだ私は自分を大事に大事に甘やかすつもりらしい。
 鬱の気があるため、ストレスを抱えると爆発するのではないかと、慎重なのだ。
 精神に負荷がかかることが心配なのだ。
 鬱はそれだけ引きずりやすいということなのだけど、これでは牙を抜かれたわんちゃんである。


 そうだ、せっかく手帳を引っ張り出したのだから、こいつを相棒にしようじゃないか。
 考えた事を常に自分の頭の中に抱えすぎるから負担なのだ。一旦文字に落とせば荷は下りるし改めて吟味もできるはず。
 そういえばこの間手帳を引っ張り出してから何かしら書いていたのだけど、なんとなく頭が軽くなった気がする。
 仕事のことで悩みながら朝目覚めることは減った。


 もちろん手帳が全てを救うなんて極端な思考はよした方が良い。
 だけど精神の負担を減らす一つの手段としては上等なようだ。


 鬱を引き起こしてから、あまり考え過ぎないようにぼけーっと生きてきたけど、そろそろ思考を磨いてもいいんじゃないかという気になってきた。
 日常を惰性で生きていれば難易度の高いことは高いままで、簡単なことしかできなくなる。
 私は未だに初めてのお店に入るのが苦手で、妻と出掛けているとき、妻を先に行かせようとしてしまう情けない癖がある。
 妻も先に入るのは抵抗があるようで、そのことについてよく苦言を呈されてしまう。


 こんなふうに思考停止と惰性で生きていると、気が付くと損をしている場合が多い。
 鬱だったとはいえ、そろそろ頭を働かせ始めた方が良いのではと思った次第である。

手帳を久しぶりに開いて整理して書き込んでみた

 仕事のことが頭から離れないから、自分が何をそんなに悩んでいるのかを認識するため、手帳に書き出してみた。
 「朝、まず資材の手配をする」
 それだけだった。思った以上に何も考えていなかった。
 にも関わらず何やら悩んでいたみたいなので、何か悩んでいたら書き出してみるのはやはり有用なようだった。


 久しぶりに手帳を開いたと思ったらその程度の用だったのだけど、せっかくだし今後も使っていきたい。
 昔書いたメモみたいなものを眺めてみたけど、別に有用なことも書いてなかったから、捨てた。システム手帳なので簡単に整理できた。
 残りページ数が少ないから新しいリフィルを差し込む必要があるが、とりあえず真っ新な手帳になった。


 私はメモ帳の類の活用が下手だ。アイデアを書き留めるとか支出をまとめるとか、始めたことはあるものの、結局今まで続いたものは何一つない。
 それなのに立派な手帳を持っているので、また三日坊主になるかもしれないが、何かしら活用できればと思う。


 手始めになんとなく思い浮かんだことを書いてみた。
 仕事が嫌い、誰々が気に食わない、時間が足りない、金がない…云々。
 いつからこんなに傲慢になったのだろう、様々な不満が噴出したわけだけど、それらに共通しているのは「自分ではどうしようもないこと」だった。


 仕事が嫌いなら転職すればいいけどそれをしていないのは、身の周りの環境や金銭面の問題が絡み、転職のリスクを思えば簡単に行動に移すことはできない。
 気に食わない人間がいるのは当然のことだし、時間なんていくらあっても足りない。
 こういうことはまあ頭の片隅に置いておいてもいいけど、いくら思い詰めたところで解決はしないだろう。


 そんなことよりも、限られた時間や金をいかにうまく回せるかを考えた方がきっと良い。
 金や時間の使い方、人との関わり方、睡眠時間をいかに確保するか等々。
 自由は少ないが、その中でできることだけ、自分でコントロール可能なものにだけに目を向けて、誠心誠意集中すればいいのだ。


 そんなことを自分に言い聞かせるように手帳に書いていた。何か変わるのかしら。


 ローランド様もメモ帳を持ち歩いているし、私もとりあえず持ち歩いてメモしまくってみようと思う。

私のこれまでの眼鏡遍歴をまとめてみた

 私は左右の視力に差がある、乱視だ。一応視力矯正をしなくても車の運転はできるが、眼鏡なしでは生き辛い。
 前回高級眼鏡を買った記事を書いたのだが、記念にこれまでの人生どういった眼鏡をどのように選んでいたのか、眼鏡遍歴を思い出せるだけ書く。
msne.hateblo.jp
 

 小学校高学年の頃、地元商店街の老舗眼鏡店にて初めての眼鏡を購入。当時は市場に出回る眼鏡のほとんどが高価だった。私が購入したのもプラダの眼鏡だ。価格は忘れたがやたら高かった記憶あり。


 当時は眼鏡はダサいものだという認識があり、かけること自体に抵抗があった。そのため中学に上がる頃には裸眼に戻っていた。


 高校生になると、乱視が進み、黒板を眺めていることが苦痛になり始めた。とにかく肩が凝った。
 人生で2本目の眼鏡を買った。デパートに入っている眼鏡店だった。
 DressCodeというブランドのものだった。こちらもやたら高かった気がする。
 肩が凝るのは問題だったので社会人になるまで長く愛用することになった。といっても、外せるときは外して過ごした。あまり似合っていると感じなかったためである。当時は眼鏡の選び方もよくわからなかった。


 大学卒業後、ニート時代を経てフリーターとなった。その時に仲の良かった女の先輩(彼氏有り)と行ったのがJINSである。
 JINSに並べられた多数の眼鏡を見て、初めて「眼鏡はおしゃれである」と認識をした。
 その時買ったのはライトブラウンササのウェリントン(5千円、破格)だった。先輩に決めてもらった。
 それが私が眼鏡にハマるきっかけとなった。
www.jins.com



 それから私はJINSに通った。フリーターを卒業し、就職していた。
 眼鏡を月に一本は買っており、似合う眼鏡、似合わない眼鏡を知っていった。次第に女の先輩とは会わなくなっていた。


 店舗に足繁く通っていたら、女性の店長とよく話すようになった。
 あるとき、眼鏡に迷っていると、店長がラウンドフレーム(丸眼鏡)を進めてきた。
 「似合うわけない」と思いながら試着するが、やはり似合わないのでは。しかし店長曰く「最初は違和感があるだけ。似合っている」とのことだった。そう言われると、鏡を見ているうちにだんだんその気になってきた。
 私は丸眼鏡の男になった。


 丸眼鏡と一言で言っても、素材、形状、色、柄等、千差万別である。最初はプラスチック素材のものを、それからメタル素材のものを手に入れた。
 そうして多数の眼鏡を手に入れると、さすがに新しい眼鏡を買うことはなくなっていった。一応店舗に足を運び、あれもこれもと試着することはあるが、今までのものとあまり雰囲気が変わらないため購入まで至らないことが続いた。
 眼鏡飽和状態である。


 ドラえもんコラボの眼鏡はそそられたのだが、品切状態が続いており、手に入れられなかった。あれは卑怯なくらい可愛いので、見かけたら是非手に取ってみてほしい。
www.jins.com


 格安眼鏡を大量に手にしたが、大人になってからはそれしか買っていなかった。眼鏡の知識がついてから、高級眼鏡を触ると一体どんな感じなのだろう。眼鏡店はJINSZoffしか知らない。


 私が住む地域でハイカラな高級眼鏡を取り扱う店舗を調べ、足を運んでみようと思った。
 ここからは前回の日記に書いたとおりで、一言で言えば高級眼鏡に感動し、手に入れてしまった。
 丸眼鏡である。


 あれから当然毎日掛けており、日に日に愛着が増している。我慢できないほどじゃないけどちょっと耳が痛いので、今度調整してもらいに行く予定だ。


 眼鏡は女性に選んでもらうのがいい云々とあるが、まさに私は眼鏡を女性に選んでもらってきた人間である。選んでもらった眼鏡から、今までに大きな変化はなかったと思う。色とか細かな形状は様々だが、「こういうやつ!」というものからは外れていない。
 妻は眼鏡に疎いので、これからは自分で道を拓かねばならない。正しい眼鏡の選び方なんかを学んで、またこれからも眼鏡と末永く付き合っていきたい。

初めての高級眼鏡がカッコよすぎて感動した

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。


 怒涛の年末年始を終え、平常通り会社員をしている。
 なぜか会社にくるとコーヒーを飲みブログを書きたくなる。休み中はたまにしか飲まないコーヒーも、休み明け初日ですでに3杯飲んだ。仕事はしている。
 どうにも働くことが未だに嫌らしい。もう何年も経つのだけど、まだまだ働くことに馴染めない。働き始めるとブログを更新してしまう。


 連休中の話になるが、眼鏡を新調した。フォーナインズというブランドの眼鏡である。
 JINS信仰の私だったが、ついに高級眼鏡を手に入れたのだ。
 メイドインジャパンである。
www.fournines.co.jp


 この頃JINSに遊びに行ってもなかなかしっくりくる眼鏡が見つけられない、もしくは同じ様な物を既に持っている場合が多かった。そのせいか、ここしばらく新しい眼鏡を買わずに過ごしてきた。


 しかし、高級眼鏡を取り扱っている店舗へ行き、そこでたくさん試着すると、どの眼鏡も個性があり、かつ非常にかけやすく、良い意味で「どれでもいい」と思えてしまうものばかりだった。(せっかくだからじっくり選んだ)


 迷いに迷った挙げ句、プラスチックのやや太めの丸型のフレームのものを選んだ。私はいつも丸眼鏡なので、単純に慣れている形状のハイグレードのものになる。
 これがどうにも自分にはかっこよすぎる気がし、鏡を見てはにやにやするナルシシズムに陥ってしまう。


 JINSのものだって「どうせ安物」なんて思わないし大事にしてるけど、全然違う。何だろう。何が違うんだろう。
 よくわからないけど、これほどキマる眼鏡に出会えたのは初めてだった。(JINSのものは「似合う」眼鏡ではあったが「キマる」眼鏡ではなかったのかもしれない)


 そんなわけで、高級眼鏡をかけての新年初出勤だった。この眼鏡を私は愛してしまった。イメチェンをしたわけではないので眼鏡について誰にも何も言われないけど、私の内部では大きな変化が起きたのだ。
 やはり眼鏡は顔の一部であり、そこに投資するのは間違っていないのだ。良いものを使いましょう。
 これからも良き眼鏡と共に在れ。

再び体調を崩し始めたから薬を飲んだ

 また体調を崩し始めた。朝なかなか起きられず、起きても朝食がのどを通らず、吐き気も感じる。
 おそらく多忙による疲労が理由である。年末にかけて休みが少なく、また日常業務の忙しさも増した。
 そして減薬と重なり、うつの症状がぶり返したのだろう。


 働く気力とか楽しいことをしたいという気持ちはあるのだが、なかなか体がついてこない。ちょっと頑張れば済むこともすぐに「なんでこんなことしなければいけないんだ」という思いに囚われてしまう。
 今は元気な状態と落ち込んでいる状態の狭間にいるため、自分の気持ちの変化を観察することができる。
 元気なときは何でもないようなことだって、気落ちしているときは大変に感じるのだ。朝起きることだって、ひと手間必要な仕事だって、家の掃除だって、本当はそんなに大したことじゃない。体調がよければ簡単にできることだから、自分を怠け者だとか思う必要もない。


 とは言え、ぐったりしてるのもアレだから、また薬を飲むことにした。
 治ったはずだったのだけど、休みの少ない繁忙期はまあ大変だよね。朝無理矢理起きて、疲れて帰って寝るの繰り返しなんだから。
 自分にとって楽しいことが一体何なのかさっぱりわからなくなったので、一旦回復しておかないと後が大変かもしれない。


 昨日はクリスマスイブだったけど何一つ特別なことはしなかった。私には「特別なこと=疲れること」だ。その前の日曜日に妻とその家族でパーティ的なことをしたので、私はもう十分だった。
 本当を言えば帰りに100均に寄ってクリスマス用の飾りを買い、家のぬいぐるみたちにつけてあげたかったのだけど、他の用事のためすぐに帰る必要がありそれもできなかった。空しい。