会社員が書く雑記

雑記中心。気ままに書いてくよ

特にない、仕事などない

 わたし、満たされてる……


特にない

特にない

  • 藤井 風
  • J-Pop
  • ¥255


 今日も元気よく出社したが如何せん暇だったので、備忘録を作成した。
 以前私はある作業を残業をして終わらせようと思っていたのに、滅多にない作業だからやり方を忘れ、15分程右往左往してしまったことがある。そういうときのためのメモなのだが、私が急に会社から消失したときにいつでも誰でも同じことができるよう、事細かに記載したつもりだ。
 こうやって少しずつ会社から消失する準備ができていくのかもしれない、と作業をしながら感じた。


 以前までは多かれ少なかれ会社に対して何かの期待を、熱を持ち業務に励んでいた。改善案があれば誰かに話したし、生意気なことを言うときもあった。
 だけどしばらく理不尽な環境に身を置き仕事をこなすうちに、会社に、ひいては他者に何も期待を持たないと心に誓うようになった。
 自分の外側に対して変化を期待したところで、何も変わらずに終わることの方が多い。自発的に変わろうなどと人間それほど思わないものだ。
 今の慣れ切った環境が心地いいのである。それが劣悪な環境だとしても、慣れていない不安定な環境よりは百倍マシなのだ。


 だからこちらが他者に変化を求めても、他者はそんなこと微塵も望んでいない可能性が高い。
 求めれば期待する。期待は裏切られる。裏切られたら憂鬱だ。憂鬱だからなおさら別のものを求める。そんなループはもう御免だ。


 何も期待しなくなったとき、ようやく周囲の本当の輪郭が浮かんでくる。
 自分が何に囲まれているのか。その中にいてどう感じているのか。このままここにいたらどういう影響が自分に起きるのか。
 冷静に観察してみて、一番まともな判断は何か。


 すぐに決断をする必要はない。急くから仕損ずるのだ。
 心を落ち着け、偏見を取り去った目で見て判断し続ける必要がある。
 ここはどんな場所だ?

みんなだいすきな無人島生活にもそろそろ飽きたし

ec.nintendo.com
 ローグライクでアクションで手軽なゲームがやりたくて「Dead Cells」をダウンロードした。
 無人島生活にもそろそろ飽きたし、魑魅魍魎跋扈するダンジョンに入り浸りたくなった。


 全然手軽じゃなかった。思いの外ドはまりし、妻の目が届かない一人の休日は一日5時間程度プレイしている。
 これがなかなか難しく、攻略のし甲斐があるゲームである。下手なパッケージ製品をプレイするより何倍も面白い。
 何よりその軽快な操作感は一見の価値があるだろう。キャラクターが思い通りに動かずミスをするといったことがほとんどないのだ。


 しかしこういうものを遊んでいる間は、なかなか虚無である。
 現実には何の生産性もないし、見方によっては時間を浪費しているだけだ。


 だけど今私はダンジョンに潜るために生きている。
 ちなみにあまり用語には詳しくないので、ゲーム内のステージをダンジョンと表現する。
 仕事を終え家事を終え、余暇をひねり出し、ひたすら真剣にこのゲームと向き合っているのだ。
 そこには何物も入り込む隙間はない。収入の不安や人間関係の悩みなんてダンジョン攻略の前では塵ほどの重みしかない。
 私はダンジョンに潜る。


 ところで生きることは退屈である。
 誰かのために働くことはつまり自分のためであり、働くことは喜びである、という戯言はもはやどうでもいい。
 確かに多少の喜びを感じることはあれど、毎日毎日喜んで働きにいくことはないのだ。
 若い頃は「もっと生産的な、創造的なことをしなければ」と意気込んで生きていた。仕事のことを考え、将来に想いを馳せ、そして鬱になった。私には将来が重過ぎた。


 毎日に夢や生きがいを見出すことを諦めて生きることを心に刻んだ。虚無である。しかし前向きな虚無だ。
 何せ生きることは退屈なのだから、退屈と向き合えばそこには虚無しかないのだ。


 例えば生きる意味がわからないのなら、じゃあ死んだらどうなる?
 虚無を感じることさえなくなるだけだ。
 生きていれば虚無を感じる心がある。退屈。虚無。そんなものにも価値があると思わないだろうか。


 全てを諦め手放した後、なぜかここにいる自分に気が付く。
 何も持ってないはずなのに、仕事をし、家庭がある、ありきたりに幸せな自分。
 そんな立場だから、どうせ虚無ならちょっとくらい他人を助けてみてもいいかも、とたまに思う。
 何も持たない自分でもなんかよくわからんが他人を助けられる立場にいるのだ。
 (意図的に奪われることに対しては抵抗をしたい。上記は心の問題であり、現実的に所持金や持ち物を失うのはとても嫌だ。)


 さて、本日もほどほどに働いたら思う存分ダンジョンに潜るのだ。
 新しい装備の設計図は手に入るだろうか。ハードモードのボスは倒せるだろうか。
 寝不足になる前に止めたいが、どうだろう。

新人の研修を行っている

 会社の新人研修の自部門担当となり、ここ数日新人と共に作業を進めている。
 自部門に配属というわけではないので、実践的なことというよりは、概念的なことを話しつつ実際の作業を見てもらう形だ。
 仕事に対しては散々やりがいがないだのやる気がないだのとブログには書いているが、結局のところ責任能力ややる気があるので、続けているわけである。
 なので新人に対してもそれなりに情熱を持って接しているつもりだ。


 とは言え日頃無口な私が若者達に対してあれこれ説明するのは精神的に大きな負担となっている。
 月曜日は丸一日接し、一生懸命話していたので、家に帰ってからぐったりとしてしまった。
 どうぶつの森をやりつつ寝落ちしてしまうほどである。
 翌朝はやや寝坊気味だった。


 新人達も真面目で行儀よくしてくれているので、下手な話に対しても興味を持って聞いてくれているので助かる。
 聞く態度というのは重要だなと、新人達から学ぶことができた。
 別に深く話を聞いているわけではないのかもしれないが、うなずいてくれるだとか質問をしてくれるだとかしてくれるだけで、話す側としては救われる。


 何せプライベートで話したくて話しているわけではなく、あくまで仕事として接しているので、会話の必要性が生じているだけなのだ。
 お互いにWin-Winでいるには気持ちよく研修を終えるのが一番である。
 私にとっては、私自身の話が下手なのを悩むことがなければそれでいい。


 私は役職もなければ偉い立場でもない。ただの一般作業員である。もしここが広い工場であれば、機械につかまる作業員のうちの一人に過ぎない。
 ただ人が少ない場所なので白羽の矢が立っただけだ。
 人を動かす能力や才能など持ち合わせてはいない。
 中小企業の研修なんてそんなものである。研修中の新入社員の方がもしこのブログを読んでいて、研修がつまらないと思っていたら、そういう理由である。


 人生は理不尽だ。
 性格や思想が優れた者が人の上に立つわけではない。
 たまたまその役割を与えられた者が上に立っているだけである。
 結局その場所に長くいる人には人の上に立つ機会が多くあるというだけで、年功序列と大して変わらない。
 人の上に立つというのも言い方がおかしいな。組織の管理が円滑にいくように役職が付くだけだ。
 決して人格者が選ばれて役職が付くわけではないということである。


 そういうわけで私のような人間が新人に研修を行うという不毛な日々が続いている。
 ごめんな。

寄り添える人にだけ寄り添えたらいい

 不調が続いているので禁断の薬を飲んだ。
 長らく封印しており、これを飲み続けると急激な眠気、物忘れなど様々な悪影響を受けるのだが、その分精神が安定し物事をうまく進めることができる。
 自分の身体を全自動で動かしてくれるようなものである。いちいち気力を振り絞って作業を行う必要がなくなる。
 その有用さ故に服用量が増えてしまいがちであるため、普段は持ち歩かず、絶対に飲まないようにしていた。


 だけど今日は飲んだ。吐き気を抑え仕事に臨む必要があったからである。


 朝から気持ちがふわふわとし、明るい気分が続いている。
 様々やらなければならない作業も難なくこなせている。
 完全に超人モードである。


 この状態が続けば仕事も家庭も何のことはないイージーモードである。サササっとやることを終え、どうぶつの森に勤しみ、家族を愛することができるだろう。


 だがこれは、薬を飲んでいるからである。つまり薬を飲んでいない状態では、体が鉛のように重い感覚や沈鬱とした思考が戻ってくるのだ。
 それはそれでいい。恐れることではない。
 間違ってはいけないのが、薬を飲んだ状態が本来の自分だと思ってしまうことである。
 本来の自分は薬を飲んでいない状態の自分なのだ。


 ゲームで例えたらバフ効果のあるアイテムの使用だろう。そのアイテムを使用することで、攻撃力や防御力などのステータスを一定時間上昇させることができる。
 バフがかかったステータスは当然本来のものではない。
 バフがかかっていない状態で同じことをしようとしても無駄なのだ。


 よって、この好調もほんの数時間のものということになる。
 もうすぐ私は普段のような愚鈍な人間に戻るだろう。そして重たい体を引きずりながら仕事をし、些細なことでイライラしてしまうだろう。


 書きながら少し絶望しかけてしまったが、それが本来の自分というなら仕方がないのだ。
 なんなら、ここからもう一皮剝けることを考えるのが良いのではなかろうか。
 何をしたらいいかわからないのだけど、思いつく限りでは瞑想、ウォーキング、筋トレ、読書だろうか。


 明るく社交的な人が本当に羨ましいし、嫉妬してしまう。
 が、世の中そういう人ばかりではないことくらい知っているので、自分は自分が寄り添える相手に寄り添っていこうと思う。

GW自粛で自律神経をやってしまったかもしれない

 夜中に目が覚めた。
 枕元に置いてあるポムポムプリンのぬいぐるみのお腹に、顔をうずめていた。


 色々なことがあり過ぎて、自分自身の矮小さに心が折れそうだ。世界に対して何一つできることはないようだ。


 GW中、本気で家の中にいたので体がなまった。自律神経のバランスが崩れたようだ。
 いつもの連休ならぶらぶら買い物に出かけたり遠出をしたり、そこそこ体力を使うのだが。
 きれいな景色も美味しい食べ物もごった返す人の群れも、今年は何一つ得られなかった。


 会社で朝礼当番だったのに吐き気がしてしゃべれなかったので、次の人と変わってもらった。情けない。


 その日の夜、散歩に出た。体型も肥満になってしまったし自律神経を整える目的も含めてのことだった。
 田舎なので道を歩いている人間は私しかいない。こんな場所で人とすれ違うのは逆に驚いてしまうのではないか。
 車のヘッドライトがまぶしくて道が見えない。


 普段徒歩では行かない場所まで歩いた。
 車を運転しているときに見ている景色とずいぶん違って見えた。
 そもそも景色なんて見ていなかったのだろう。
 建物とか川とか看板が実体をもってそこにあるのを感じた。


 歩き疲れていたのでその日はぐっすり眠れると思っていた。
 だが夜中に目が覚め、なかなか寝付けなかった。
 翌日は仕事で会社に行かなければいけないので、寝不足はまずかった。


 近々大きな災害に遭うという妄想に囚われ、スマホツイッター掲示板を巡回する。
 確定的な情報もなく、大丈夫だとも駄目だともわからない。
 きっと取り越し苦労に終わるのだと自分に言い聞かせ、眠ることに集中する。足の裏が熱い。


 普段何があっても眠れることが自慢だった。目を閉じて呼吸を整えていたらすっと眠りに入れた。
 だけど眠れなかった。浅い眠りを繰り返し、夢か妄想かわからないものを見ているうちに、だんだん日が昇り部屋が明るくなり始める。


 漫画『頭文字D』で、眠れなくても目を閉じて横になっているだけでも疲れは取れる、というようなことを言っていたのを思い出す。
 うろ覚えだが、言っていたような気がする。
 しょうがないのでその言葉を信じ、実行した。


 結局ほとんど深い眠りを得られずに起床時刻を迎えてしまった。
 体調は最悪だったが、なぜか前日ほど吐き気はしなかった。
 今夜はラーメンを食べに行く予定だったが、朝吐き気がしなかったとはいえ不安である。自粛すべきだろうか。


 病気や災害から直接ダメージを受けていなくても、些細なことで勝手にダメージを負ってしまう。
 本当にどうしようもない。
 せめて体調だけは回復させたいから、たぶん今日も歩く。

こんな時だからこそ私のインドアな過ごし方を紹介しようと思う

 私はどちらかというとインドアな人間である。休日はほとんど家から出ずに過ごす。
 結婚してからはスーパーくらいには行くようになったが、妻にせがまれなければ外には出ない。
 このような性格だと、ついこの間まではひきこもりだの何だのと言われていたが、今はこのご時世に適応した性分であると自負している。


 では家で何をして過ごしているのか。
 家にいても面白いことがないのではないかと思われるかもしれない。
 しかしそれは誤解であり、毎日があっという間に過ぎ去ってしまう。


 「家にいると暇でしょうがない」という人との違いは、おそらく朝のスタートダッシュにあるだろう。
 家に居慣れていない人間は、とにかく今日という日に何か活動をしようと朝規則正しく起きる。妻がそうだ。長く寝ていられない性質だ。


 だが別段することもなく出かける用事もないのに普通に起きるのははっきり言って愚策である。
 私としては、何もなければせめて朝10時半までは寝ていたい。どうせ早起きしても出かけられなければ暇潰しを探すことになる。それであれば、長く睡眠を取ることで夢心地を楽しむのが良い。
 昔好きだった子のことを考えたり、美味しい唐揚げを飽きることなくたくさん食べられることを考えたりすれば、きっと夢に出てくるだろう。
 懐かしさを覚える一本の映画を観た後のようにすっきりとした気分になるはずだ。


 夢から覚め、何となく起きる気持ちになったら、とりあえず顔を洗って食事を取ろう。
 おすすめはハンドドリップでコーヒーを淹れることだ。これは時間がない朝にはできないことである。
 やったことがないという人は是非やり方を調べて実践してみてほしい。
 そして目玉焼きを焼くのだ。目玉焼きはご飯にもパンにも合う万能なおかずだ。しょうゆ、ソース、マヨネーズ、好きなものをかけて食べればいい。


 食事を終えたら洗い物が出る。洗い物は時間がないときには面倒でしかないが、僕らには音楽がある。
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 こいつを耳にセットし、好きな音楽を流しながら洗い物をすれば時間はあっという間に過ぎ、気が付けばすべての皿は磨かれているだろう。
 ノイズキャンセリング機能を使えば水の流れる音も気にならない。水道から水が流れる音もまるで川のせせらぎのように聞こえるだろう。


 さて、あっという間に昼過ぎだ。
 朝食と昼食を兼ねた食事をブランチという。先程の食事は言わばブランチだ。別に一日三食きちんと摂る必要はない。そんなものは陰謀である。
 ただ3時のおやつの時間は必要だ。きっと小腹が空き、何かをつまみたくなるだろう。
 そんなときのおやつにはコイケヤのポテトチップスをおすすめする。
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 理由は単純に美味しいからである。


 そんな風に過ごしていると体脂肪が気になってくる。
 ソファに横になって昼寝をかましたいところだが、その前に体を動かそう。
 

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 美人と一緒だと思えば多少の負荷ぐらい何ともない。
 キュートなヒップラインを眺めながら自分の脂肪を撃退しよう。昼寝はそれからである。


 昼寝から目が覚める頃には夕飯の支度の時間だ。ここまでくればもう一日は終えたと言っても過言ではない。
 このような生活を送ればあっという間に一日一日が過ぎ去ってゆくことだろう。気が付けば外の世界では騒ぎが収束し、浦島太郎状態となっていること請け合いである。


 もし刺激が欲しければ本を読んだりNetflixを視たりする時間を作ればいい。
 家にいてもいくらでも時間が潰せる怖い時代になったものだ。


 尚全て戯言であるため、生活の質だとか人間としての在り方だとかそのようなことは考えないで頂きたい。
 以上。

ちゃんとこだわってその場所を選んだの?

 私は非常に多くのことを後悔している。
 中学校までは公立一択だから選びようがなかったけれど、高校、大学、就職、その他諸々、後悔ばかりの人生である。
 取り返しのつかない過ちの一つや二つくらい誰にでもあるとは言え、いい加減うんざりしている。


 私のような生き方は自ら泥水に突っ込んでいくようなものである。まず選択の仕方が違う。
 どの道を選んでも後悔はあるものらしいが、最初からわざわざ臭い場所に突っ込んでいく必要はないのだ。
 自身が今後身を置く場所くらい精査して検討し、そこに辿り着くべく努力をするべきだったのだ。


 不真面目で流されやすいところはあった。努力の必要性も見極められず、怠惰で気持ちのいいことばかりしていた。
 その結果、現状に大いに不満を抱き、今更ながら抜け出したい気持ちで窒息しそうになっている。
 もちろん家庭環境もあった。当時は「自分で何かを決めることはできない」という無力感に苛まれもしていた。
 目に見える家庭内暴力とかはなかったけど、まあいい。とにかく自分は無力で死にたくもあった。


 妥協に妥協を重ねた人生は今楽しいはずがないのだ。
 自分で勝ち取ったわけじゃなくその分喜びも少ないし、もっと頑張ればよかったなあなんて思ってしまっているし。


 将来が何一つイメージできなかったことも一つの要因である。
 「将来何になりたいの?」という質問は保育園の頃から頻繁にされた記憶がある。
 その度に絵描きだのサッカー選手だのサラリーマンだのその当時の大人が喜びそうな(全く面白くもない)回答をしていた。
 ぶっちゃけ何にもなりたくなかった。というか何になれるかもわからないから選びようがなかった。


 何になりたいかなんて、自身の希望と適正を考えなければ答えは出てこないのに、物心ついたころから私は周囲に流されるだけのただの人形だった。
 自分の居場所さえこだわれないようになっていた。
 セックスのことばかり考えていたけど、決断のできない人間だった私は高校生のうちにセックスに辿り着くことはなかった。
 結局大学でメンヘラビッチ相手に童貞を捨てることとなった。その子の髪と服には他人の煙草の匂いが染みついていた。


 こじらせこじらせて生きていても、不満が爆発しそうになる頃に自我に目覚めることとなる。
 どうして自分はこんなところにいるんだと、ブログを書きながら気が付いてしまう。
 気が付いたころには世界が病気にかかってしまってもはや身動きが取れないのだが。


 結局のところ、ここから生きていくしかないんだよなあ。
 こだわって丁寧に生きることがどれほど重要だったのか。
 今からでも間に合うのか。


 最近こだわって選んだ物。
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